山下依千夏。


 快楽街の光が人々を照らしている。

 僕は百香さんをおんぶしながら、街を歩いている。

 歩くたびに水風船のような膨らみを背中越しに感じた。



「……佐藤くんは彼女いないの?」


「今はいないですね」


「五十鈴ちゃんのこと好き?」


「いや〜どうでしょう」



 駐車場のところあたりで、背中をバンと叩かれた。

 百香さんが地上に降りて、茶色の髪を振った。



「うげぇ〜寝すぎた。気分ワル〜」


「お水飲みますか?」



 自動販売機を指差すも「だいじょうぶ」と返される。

 百香さんの背中をさすりながら、依千夏さんがごめんね〜と手を合わした。



「毎度毎度のことだから……」


「毎回、こうやって酔い潰れているんです?」


「私と同じで寂しがり屋だから。男とかお酒に依存しちゃいがちなんだよ。仕事はできるんだけど」


「……依千夏には言われたくない。ゲプッ」



 依千夏さんがそうだねーと肩に手を置いたとき、タクシーが到着した。

 百香さんはすぐに車の後ろに乗り込む。



「あ、そうだ」



 依千夏さんが鞄をゴソゴソして、なにかを取り出してきた。

 僕の手の上に落下させる。



「君にはこれをしんぜよう」


「え、なんですか?」



 それは小さなお菓子の詰め合わせセットであった。

 彼女はお菓子が大好きなのだ。



「短い間だったけど、とはいっても……三年だけど、お世話になったね。ありがとう、佐藤くん。いつも私たちを助けてくれて。次の職場でも頑張ってね」



 依千夏さんはそういってタクシーに乗り込んだ。

 僕は手を振り、駅へと歩き出す。



 ※ ※ ※



 揺れる車内で、山下依千夏は外の風景を眺めていた。



「ねぇ……百香。一つ気になることがあるんだけど」


「……ぐぅー……すぴぃー……ぐぅー……」


「佐藤くんって、なんで急にクビにされたんだろう? あれだけのに」



 もう既に夢の中へ入り込んでいる同僚を見ながら、彼女は「まぁいいか」と目を瞑るのであった。

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