第2話 欲深者の末路
昔の広島大学は国内でも珍しい広島市内に無数の分散した学部キャンパスを持つ大学であった。地域と学校が密接に結びついた大学だったのだ。
これらを一つにまとめようという話が持ち上がり、それだけの面積が都市部には無かったので山奥に丸ごと移転することになった。
誰も望まぬ強行移転である。
大学が移転した跡地は一等地にある巨大な敷地ということになる。どれだけの利権が絡んだか想像に難くない。もっともこれらが一等地だったのは大学キャンパスがあったためであり、移転後はただの閑散とした空き地となり、ことごとく流用に失敗したことを付け加えておく。
獲らぬ狸の何とやら。
移転は順序をつけて行われた。最初に移転させられたのは工学部である。
工学部は学生運動が下火であったことがその選定の理由にあると睨んでいる。工学部学生が学生運動なんかやった日には単位を落としてしまうため誰も学生運動なんかやらない。
それどころか四年生のカリキュラムまで必修で埋まっているほどだった。大学経験者なら分かると思うが、これはつまり内定が決まっていても単位を一個落としただけで即留年が決定するという恐ろしく厳しい状況である。
これで学生運動をやるような馬鹿はいない。
こうして工学部生五百人は山奥の未完成のキャンパスへと放り込まれることになった。文明地帯までは電車で二時間半の距離である。
周囲にはマムシが出ると有名な山と、田んぼだけが広がっている。当然お店の類はない。事実上の島流しである。
この工学部の学食に入ったのがSという店であった。
当然ながら生協は抗議した。どうして自分たちを入れないのかと。料理人たちがハンストまでやって抗議した。
だが最初から勝負は決まっていた。Sは年間四百万円の冥加金を払うことが決まっていたからだ。当然このお金は学生たちから搾り上げることになる。
飯を食う場所はこのSの学食しかない。だからS店は一切の慈悲を見せなかった。
味噌汁からは一切の具が削られた。昭和の後期の時代に味噌だけの味噌汁など飲んだことのある人はいまい。だがある日、味噌汁の中にシイタケの破片が入っていた。実に珍しいことである。皆で珍しいと覗き込んでいたら、誰かが気づいた。
「それシイタケちゃう。ナメクジや」
かつ丼のかつの衣の中は見事に脂身だけだった。
チキンカツは骨の周りに3センチほどの三角形の肉がついているだけだった。これはもうオヤツですらない。
焼肉定食は当然のように脂身だけをスライスして煮込んだもので、ある日僅かに色がついている部分があり、噛みついたこちらの歯が折れかけるという事件まで発生した。
これは一体何の肉なのかと誰もが思った。
七夕の日、お店は入口に笹を置き、自由にお書きくださいと短冊を置いた。
そこで私は願いを書きこんだ。
「チキンカツの原料にする古タイヤが不足しています」
「お前、酷いことを書くなあ」友達が呆れた。
「勘違いするな。ひどいことをしているのはあちらだ」そう返した。
おそらくこれらの食材は本店から出た余りで作られていた。つまり本来なら食べられないので捨てるべき部分だ。米と味噌代以外には元手がかかっていない。商売人というものが手出しをできない相手にどれほどひどいことをするのかがはっきりと分かった。
教官たちもこれには頭を悩ませていた。大学のゼミにお客さんが訪れても、まさにブタの餌しかない学食に連れていけないのだ。
その後、この儲けを使ったのかどうかは知らないが、Sという店は大きくなった。二号店、三号店を市内に展開し、「Sの一品料理」というブランドで派手に売り出したらしい。
だが悪いことはできないもので、現在は一店舗になるまで落ちぶれている。
これは当たり前である。広島大学を卒業した人間のうち多くが、この広島で就職し、出世する。
その全員が腹の中にSという店への憎しみを抱えているのだ。これでもし店が存続できたというならそれこそ奇跡である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます