第41話 変わった未来

「あーゴホン! 感動の再会してるところ悪いんだけど、実はまだ何にも解決してないんだよね……」


 ポリポリと頬を搔きながら声をかけてくるアスターに、「少しくらいいいだろう!」とオルフェンはムッとして言い返す。


「す、すみません!」


 対照的にリフィアは慌ててオルフェンから離れた。あ……と、哀しそうな声を漏らしたオルフェンは、リフィアの首もとを見て目を見開く。


「何この首輪!?」

「えっと、その……ベッドに繋がれてまして……」

「ベッドに繋がれて……!?」

「こ、拘束されていただけですから!」

「……痛かったよね。今取ってあげるから」


 リフィアの首を傷付けないよう細心の注意をはらって、オルフェンは魔力で強化した手で物理的に取り外した。


「ありがとうございます」

「こんなに赤く腫れてしまって……よくもリフィアの綺麗な肌に傷をつけてくれたな!」


 上空に浮かぶメアを、オルフェンは鋭く睨み付けた。


「えい! くらえ! くそ! 何ででないんだ!」


 しかしメアの様子がどこかおかしい。ぶんぶんと手を何度も振っているが、何の変化もない。そんなメアにお構い無く、オルフェンは呪文を唱える。


「プリズンガード」


 メアの頭上に一人用の檻を召喚すると、檻と共に地面に落ちてきた。


「いったいなー急に何するんだよ! ここから出せ!」


 両手で柵を握ってガタガタ揺らす子供を見て、オルフェンは口を開く。


「アスター、これが本当に僕を殺せるほど凶悪な悪魔なのか?」

「うーむ、お前が運命をねじ曲げたから、変わったのかもしれないな。私の見た未来では、この場にラウルも妹君も居なかったし。悪魔もここまで邪気の弱い腑抜けたものじゃなかった」

「誰が腑抜けだ! こうなったのは、僕を浄化した聖女のせいだ! 本来の力が全然でないじゃないか! くそー!」


 アスターの言葉にカチンときたのか、メアが檻の中から必死に言い返す。


「なるほど、皆が少しずつ違う動きをした事がプラスに繋がったんだね。すごいよ、ルー! 君は本当に未来を変えたんだ!」

「そうか。なら未来が戻らないうちに、この悪魔をさっさと滅ぼしてしまおうか」


 それぞれの属性の極大召喚魔法を発動したオルフェンは、最強の四大精霊を背に従える。さらに自身の体を光魔法で強化し、完全戦闘態勢に入った。


「流石はオルフェン様、スケールが違います!」

「どちらが悪魔か分からなくなりそうだわ……」


 オルフェンに尊敬の眼差しを送るラウルスの傍らで、セピアが苦笑いしながらぼそっと呟いた。


「ははっ! きっとどちらも悪魔だね」


 まさかアスターに言葉を拾われるとは思っていなかったセピアが、慌てて否定する。


「で、殿下!? いえ、今のは……」

「悪魔より強いって、褒め言葉でしょ?」


 パチッとウィンクするアスターに「え、ええ、そうです!」とセピアが赤面しながら言葉を返す。


 そんな二人の様子を、ラウルスは眉間に皺を寄せながら眺めていた。


 楽しそうに談笑する人間達を見て、メアが柵からそっと手を離した。


「結局僕は、何も出来なかったのか……もういいや、殺したいなら殺せばいい」


 檻の中で俯く悲しみに満ちたメアを見て、リフィアは咄嗟に「待ってください!」とオルフェンを止めた。


「リフィア、こちらに来たら危険だ」

「メアさんと少しだけ、話をさせてもらえませんか? どうしても一つ、聞いておきたい事があるんです」

「こんな酷い目に遭ったのに、それでも確認したい事……なのかい?」

「はい、お願いします」


 オルフェンは揺れていた。リフィアの願い事は何でも叶えてあげたい。しかしそこに危険が伴うともなれば話は別。危険なものはすぐに排除すべきだ。

 しかし胸の前で両手を組み、瞳を潤ませながら見上げてくる愛する妻の願いを前に……屈した。


「分かった、ただし僕のそばを離れないでね」

「はい!」


 差し出した手を嬉しそうに繋いだ妻の笑顔を見る限り、自分の判断は決して間違っていない! と心に言い聞かせているオルフェンの胸中などつゆ知らず、リフィアはメアに問いかけた。


「どうして私を怒らせて、世界を滅ぼしたいと思われたのですか?」

「そんなのただの実験だよ」


 俯いたまま、メアが答える。


「もし本当にそうなればメアさん、近くにいたあなたも無事ではすまないと思います。そのような危険をおかしてまで、本当になさりたかったのですか?」


 リフィアは思い出していた。最後に何か言い残しておく事はあるかと問われた時に、お礼を言ったらメアが少し動揺していた事を。


 広場で手品を披露していた時のメアは、とても楽しそうに見えた。拍手されて嬉しそうにはにかむ姿が、とても演技だったとは思えなかった。


 もしかすると普通の悪魔には持ち得ない感情を、彼は持っているのではないか。実験したいというのはただの口実で、自分の身を危険にさらしてまでやりたい望みが別にあったのではないかと、リフィアは考えていた。


「…………滅ぼしたかった。悪魔の世界ごと、僕は全てを滅ぼしたかったんだ! この体も、この身に流れる血も、全て大嫌いだ……っ!」


 ポロポロと涙を流し始めたメアの赤い瞳が、琥珀色に戻っていく。


(瞳の色が元に戻ったわ。今なら……)


「よかったら、何があったのか教えていただけませんか?」


 メアはぽつぽつと、自身の境遇を話してくれた。

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