第42話 人の心を持った悪魔の半生(メア視点)

 捨て子だったメアを拾い育ててくれたのは、旅芸人の一座に所属する夫婦、手品師のカイルとアシスタントのセイラだった。


「この岩、どかしたらいい?」

「はい、木の上に引っ掛かってたよ」


 重たい石を軽々と持ち上げたり、高い木の上に軽々とジャンプしたりと、メアは普通の子供には出来ないことが出来る変わった子供だった。


 最初はそれで驚かれたりしたものの、「すごいな、メア!」と認めて褒めてくれる優しい旅芸人仲間達に囲まれ、メアはのびのびと過ごした。


「メア、あなたはとても優しい心を持っている。私達自慢の大事な息子よ」


 人とは少し変わっているけれど、愛情をたくさん注いで育ててくれた両親や認めてくれる旅芸人仲間達のおかげで、自分は人間なんだと信じて疑わなかった。


 父カイルの手品を見るのが大好きだった。

 母セイラの作ってくれる、愛情たっぷりの料理が大好きだった。

 旅芸人仲間も色々気にかけて可愛がってくれて、メアは皆と一緒に旅をしながら過ごす生活が楽しくて仕方なかった。


 各地を旅しながら移動する生活は、荷馬車が脱輪したり、突然ひどい天候にみまわれたりと大変な事もあったけど、一期一会の出会いに助けられたりしながら、毎日が笑顔にあふれていた。


 そんな日々の中で、メアは自然と夢を持った。大きくなったら父のような手品師になりたい。たくさんの人々を一瞬で笑顔に変える事の出来る、立派な手品師になりたいと。


 しかしその夢は叶わなかった。


「よぉ、遅かったな出来損ないの弟よ。使い道が出来たから、迎えに来てやった。光栄に思えよ」


 バラバラに壊した荷馬車を背に、大切な両親や仲間の屍を足蹴にする。自分とよく似た顔の悪魔によって、無惨にも全てが奪われた。


 出来損ないのメア・トロイメライ。

 夢魔族を束ねる上級悪魔、トロイメライ一族の末子。それが本当の身分だった。


 魔王継承権を巡り争いの絶えない悪魔の世界は、いつも死と隣り合わせ。所持する魔塔の数によって継承権が上下する。


 一番魔塔を多く所持する種族から魔王を選出するため、異種族間の争いが激しい。逆に同種族間では強さで上下関係がはっきりしている。


 絶対に勝てない負け戦の名ばかりの隊長。切り捨ての駒、囮としての使い道を見出したと連れ去られ、メアは一人魔塔に置き去りにされた。


 味方は誰もいない。

 悪鬼族の悪魔が群れをなして襲ってくる。

 目前に迫る敵が、鋭い爪をギラつかせて手を振り上げた。


――ザシュ!


 これで自分も両親の元へ行ける。そう思ったのに、現実は非情だった。

 切り裂かれた皮膚から血が流れた瞬間、全身の血が煮えたぎるような強い怒りがわきおこる。

 強い悪意に体が乗っ取られるように、自分が自分ではなくなった。


 悪魔の本能が赴くまま体が勝手に暴れまわった結果――気が付けば負け戦と言われていた戦いに勝利し、魔塔を守りきっていた。


 自身の体に傷を付けた瞬間、眠っていた一騎当千の強大な力が覚醒する。


 夢魔族の選ばれし者だけが授かる力【夢の終焉】――それはかつて、夢魔族最強と呼ばれた悪魔ナイトメアが持っていた能力だった。


 不運にもメアの体には、望んでもいないのに選ばれし者の力が宿っていた。


 この力を使ってメアは、兄悪魔を倒し両親の敵を討った。命令してくるもの、歯向かうもの、全てを返り討ちにしてやった。


 そうして気が付けば、夢魔族は魔王継承権一位に上り詰め、最強の悪魔と呼ばれるようになっていた。


 魔王の椅子なんて欲しくない。

 そんなもの微塵も望んでいない。

 傷を付けるだけで化け物に成り果てるこんな体、心底嫌いだ。


 両親が褒めてくれた『優しい心』だけあればいい。それなのに……望まぬまま魔王になってしまったメアは、嫌でも戦いを強要される。悪魔の世界は常に、魔王継承権を巡って争いが絶えないから。


 どこへ逃げても、戦う意志がなくても、追いかけてきた悪魔が勝手に付けてきた傷のせいで、能力が発動し返り討ちにしてしまう。


(自我を取り戻す時間が、少しずつ遅くなってきている)


 ただただ積み上がる屍の山を見ては、震え上がる毎日だった。


 かつて描いた夢から遠ざかれば遠ざかるほど、【夢の終焉】の力は無情にも強くなる。この力にいつか、自我も飲み込まれそうな恐怖があった。


(僕を跡形もなく一瞬で倒してくれる、強い奴は居ないのかな……)


 もしかするとかつて夢魔族最強と呼ばれた悪魔ナイトメアも、何か大きな夢を諦めてこの能力を手にしたのかもしれない。


 気になって残された史実を読み漁っている中で、メアは聖女の神話を知った。神に作られた存在。神の愛し子。神の力の一部を与えられた彼女達は決して怒ることはない、自分とは真逆の存在だと。


 こちらに連れ去られた聖女の過去の実験データを見て、メアはある共通事項があることに気付いた。


 どの聖女も不遇な環境に置かれ、決して他者を恨むことなく一度死んでいる。そんな魂が神の愛し子として能力を与えられ復活し、聖女としての能力を開花させていると。


 神が怒の感情を著しく欠落させている魂を選ぶのは何故か。それは自身のように、怒ることで秘められた力を解放するからではないのか。


 再生と浄化、それが神が聖女に与える力。


 禁忌を破らせこの力が暴発すればそれこそ、強い浄化作用が世界そのものを浄化し尽くし、無に帰してしまうほどまっさらに再生するんじゃないか。


 見つけた。


 この大嫌いな世界を滅ぼす方法を。

 この大嫌いな身体を終わらせる方法を。


 こうしてメアは、聖女の卵が誕生するのを待った。復讐に身を燃やす人間に手を貸して、聖女が誕生し覚醒するのを……

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