第40話 紡いだ絆が結んだ奇跡

(く、苦しい……)


 チェーンを引かれ首が圧迫される。

 窓からこちらを見下ろしながらメアが口を開いた。


「最後に何か、言い残しておく事はあるかい?」


(最後に……私が伝えたいこと……)


 メアを見上げたリフィアの顔から、笑みがこぼれる。それを見て、メアは怪訝そうに眉を寄せる。


「見せていただいた手品、とても面白かった、です。ありがとう……ございました」


 オルフェンと一緒に初めて見た手品は、不思議でとても興奮して面白かった。楽しい時間を過ごさせてくれた事に対する感謝を、気がつけば口にしていた。


(オルフェン様。私にたくさんの初めてを教えて経験させてくださり、本当にありがとうございました……あなたに出会えて、私はとても幸せ者です)


 オルフェンと過ごした、幸せに満ちあふれたかけがえのない日々を思いだしながら、リフィアは心の中で深く感謝していた。


(世界で一番誰よりも、あなたの事を愛しています、オルフェン様……)


「…………っ!」


 はっと大きく目を見張るメア。動揺したのか、握っていたチェーンの力が緩んだ。


「もう遅い。いまさらそんな言葉をもらったって、僕にはもう意味がないんだ……!」


 悲痛な面持ちでメアが叫ぶ。


「これで終わりだ!」


 メアが再びチェーンを強く握りしめ引っ張ろうとしたその時――


「フローガフィラフト!」


 赤い炎の壁がリフィアとメアを引き裂き、チェーンが分断された。


「ゴホッ、ゴホッ」


 首の圧迫がとれ咳き込むリフィアの耳に、「お姉様!」と声が飛び込んでくる。


「セ……ピア?」


 顔を上げると、目の端に涙を滲ませたセピアの姿があった。


「よかった、ご無事で……!」


 セピアにぎゅっと抱きしめられる。


「夫人、お怪我はありませんか?」

「ラウルス様まで!? はい、大丈夫です」

「お姉様を追いかけようとしたら、ラウルス様が一緒に来てくださったんです!」

「そうだったのね。二人とも、ありがとうございます」


 その時背後から、耳をつんざくような激しい破壊音が聞こえる。振り返ると大きな黒い手が二階建ての古びた洋館を突き破っており、出来た穴から優雅に翼をはためかせ屋根に着地するメアの姿があった。


「ははっ! 悪魔に喧嘩を売るなんて、馬鹿が二人増えたところで痛くも痒くもないね!」


 満月を背に高笑いするメアを見て、ラウルスが二人を庇うよう前に出る。


「エヴァン伯爵令嬢、夫人を連れて後方へ避難を頼む!」

「分かりました。お姉様、こちらへ」


 ラウルスの指示に深く頷くと、セピアが補助して立ち上がらせてくれた。


「ありがとう」


 走り出すリフィアとセピアを見て、「そんなに簡単に逃げれると思ってるの?」とメアがカードを召喚して投げてくる。


「フォティアペタルーダ!」


 ラウルスが召喚した炎蝶が華麗に舞い、カードを次々と燃やして消し炭にしていく。


「君の相手は俺だ。二人には手を出させない」


 無数の炎蝶を背に従え、ラウルスが剣を構える。


「別に僕は、君を相手にする義理はないからね」


 メアが高く空を飛ぶと、一気に下降してこちらに近付いてくる。


「そうはさせるか!」


 ラウルスは炎蝶を集約させ、大きな火の壁を二人の上に作った。


「ちっ、めんどくさいなー」


 火の壁の上で翼をはためかせながらメアが煩わしそうに声を漏らした時、どこからともなくヴァイオリンの音色が聞こえてきた。


「くっ、こ、これは……」


 突然金縛りにあったかのように動かなくなった自身の体に、ラウルスが戸惑いの声を漏らす。


「遅れて申し訳ありません、メア様」


 赤い髪を靡かせヴァイオリンを片手にやって来た男は、そう言ってメアに跪く。


「やっと戻ってきたのか。遅いよー、ヘリオス」

「道中追ってきた魔法騎士を蹴散らすのに少々時間を要しまして。ついでにそちらの魔法騎士の動きも、拘束しておきました」

「それはほめてあげるよ。これで楽に排除できる!」


 メアが複数のカードを召喚してラウルスに投げつける。


「うっ!」


 身動きのとれないラウルスは、それをまともにくらい続ける。全身の鋭い切り傷からあふれる血が、彼の騎士服を赤く染めていく。


「ラウルス様!」

「来るな! 君は夫人を連れて、はやく逃げるんだ!」


 その言葉に、セピアは唇を強く噛みしめる。もし自分に守護女神の魔法が扱えたなら、ラウルスを助ける事が出来たのにと、セピアは悔しさを滲ませる。


「セピア、ヘスティア様の魔法を! 今のあなたなら、きっと扱えるはずだわ!」

「私はエヴァン伯爵家の人間ではありません。守護女神様の力を借りることなど……」

「今のあなたなら、きっと使えるはずよ。私を信じて!」


 リフィアは別邸の書庫でエヴァン伯爵家の守護女神ヘスティアの本を読んだことがある。秩序を司る女神ヘスティアは、正義を愛する女神だったと。

 危険を顧みずこんなところまで助けに来てくれた。そんなセピアに正義がないはずがないとリフィアは信じていた。


「分かりました、やってみます」


 心を落ち着けて、セピアは呪文を唱え始める。


「聖なる炎の守り人たる我、セピア・エヴァンが命じる。秩序を司る女神ヘスティアよ、森羅万象の理を解きて、今ここにある不条理を燃やしつくせ!」


 聖なる火の鳥が天より舞い降りて、一面を埋めつくすように炎を吐いた。メアはその炎をひょいっと飛んで避けたものの、ヘリオスは走って逃げるも間に合わず炎に飲み込まれた。


「ひぃー、熱い熱い熱い!」


 全身が燃え盛る炎に包まれ、ヘリオスはその場で転げ回り気絶した。

 燃えたのは邪気のみのようで、着衣には何の変化もない。だが本人の精神に密接に結び付いた邪気が、本当に燃えるような痛みを与えたのだろう。泡を吹いて倒れている。


「ありがとう……拘束が、解けたようだ」

「ラウルス様!」


 よろけるラウルスの体をすかさずセピアが支え、その場に座らせた。


「お姉様、私が時間を稼ぐので、その間にラウルス様の治療をお願いします」

「任せて!」


 火の鳥を従え、空を飛び回るメアにセピアが対峙する。


(ひどい傷だわ……)


「勇敢に戦い私達を守ってくれたラウルス様に、深く感謝します」


 セピアが時間を稼いでくれている間に、リフィアは急いでラウルスの治療に取りかかった。


「いくら雑魚が抗ったって、どうせ僕には勝てないんだよ! いでよ、悪夢の化身!」


 黒い邪気を集結させ、メアは巨大な魔人を作り出した。魔人は容赦なくセピアの召喚した火の鳥を軽々と掴んで握り潰す。


「そんなっ!」

「お遊びはここまでだ! まとめて消えろ!」


 メアの命令で、魔人の手がこちらへ伸びてきたその時――


「よくも無断で、僕の大切な妻を連れ去ってくれたな」


 愛しい人の声が聞こえた気がした。

 空から大きな落雷が落ち、目の前で魔人が消し炭となってパラパラと崩れ落ちた。


「リフィア、怪我はないかい?! 遅れてごめんね」

「オルフェン様……!」


 夢じゃない。目の前にオルフェンが居る。

 空から着地してきたオルフェンに、リフィアはしがみつくように抱きついた。

 それをしっかりと受け止めたオルフェンは、「間に合って、本当によかった……!」と噛みしめるように、強く抱きしめ返した。

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