第39話 仮面公爵は定められた運命をぶっ壊す(オルフェン視点)

「……っ、ここは……」


 ぼんやりした視界が鮮明になって、目に飛び込んで来たのは見慣れない天井。上体を起こすと、部屋の半分を囲うように設置された大きな檻の中に囚われている事に気付いた。


(どうしてこんなところに……)


 オルフェンは必死に自身の記憶を辿った。リフィアを追いかけようとして、突然曲調の変わった音楽に違和感を覚え、そこからの記憶がない。


「おや、お早いお目覚めだね」


 ソファーに腰掛け、優雅に読んでいた本をパチンと閉じてアスターがこちらに視線を向ける。


「もっと寝ててくれた方が、私的には都合がよかったんだけどね……」


 そう苦笑いを漏らすアスターに、オルフェンは鋭い視線を投げ掛ける。


「どういうつもりだ、アスター」

「たまには逆があっても良いだろう? お前は私を守るために、いつもプリズンガードを唱えてくれたじゃないか」

「守るために閉じ込めたとでも言いたいのか? ふざけるな、早くここから出せ!」


 魔法で檻を破壊しようと試みるが、詠唱の術式を邪魔されうまく発動しない。


「無駄だよ。その中では、全ての魔法は無力化される。それに素の力だけでは、檻を物理的に壊すのも不可能さ」

「何が目的だ?」

「悪いけどルー、お前にはそこで一晩過ごしてもらうよ」

「何故だ、理由を教えろ!」

「フィアが悪魔に拐われた。もう助からない。お前まで無駄死させないための措置さ」


 オルフェンは大きく目を見開いた後、叫んだ。


「リフィアが、悪魔に拐われただと!? 今すぐここから出せ!」

「お前だってよく分かっているだろう。拐われた時点で助けられない。もう手遅れだって事が」

「ふざけるな! それでも僕はリフィアを助けに行く!」

「それなら私は、全力でそれを阻止させてもらうよ」


 アスターは呪文を唱えるとさらに檻を強化して、外側に光の壁を追加した。


「檻から手を出すと高温の光が容赦なく手を焼くよ」

「何故こんなことをする!?」

「それが私の使命だから。ごめんね、ルー。本当は全部知っていたんだ。お前が私を庇って呪いを受ける事も、それがきっかけで大聖女が完全に覚醒する事も」

「何を、言っている!?」

「枯れゆくこのヴィスタリア王国を救うためには、大聖女の存在が不可欠だった。だから私は全てを知っていながら、見て見ぬふりをし続けた」

「余計な御託はいい、早くここから出せ!」

「残念だけど、お前を行かせる事は出来ない」

「何故だ!?」

「世界が滅ぶから」

「何を言って……」


 アスターが意味の分からない行動をするのは、わりと日常茶飯事のことだ。それに振り回され疲弊した日々は数えきれず。しかし今日はいつもにも増して、意味が分からなかった。


「お前には死相が出ている。愛する者を奪われた大聖女は怒り狂い、世界を無に帰すだろう」

「そんな未来、来るわけないだろう!?」


(僕が死んで、リフィアが世界を滅ぼす?! そんなことありえない!)


「聖女に目覚める条件は一つ。虐げられ、惨たらしく命を奪われても、決して怒らないこと。聖女が怒ると、その強い浄化作用で全てを無に戻してしまうからね」


 淡々とした口調で説明するアスターの目には、光は宿っていなかった。


「おい、ちょっと待て。その言い方だと……リフィアは一度死んでいるのか!?」

「そうさ。神が認めた高潔な無垢なる魂は、聖女の力と共に蘇生される。そうしてやっと、聖女の卵がこの世界に誕生するのさ。王家の務めは世界を維持するために、星の導きに従って、ただその聖女の誕生と覚醒を見守ること、だからね」


 なにかにつけて「全ては星の導きさ!」と笑って誤魔化す、いつもの道化師のようなアスターの姿はそこにはなかった。


 もしかしたら今までの奇想天外な行動も言動も、全てが最初から演技だったのかもしれない。そう思えるほど、今のアスターはただ使命を冷静に全うするだけの操り人形のように見えた。


「見損なったぞ、アスター。君がそんなものに縛られるなんて、らしくないじゃないか!」

「煽っても無駄だよ。私は、私の使命を全うする。ごめんね、ルー。フィアのおかげで、世界樹は数百年は持つだろう。だから彼女の役目は終わった。ここでさよならさ。私はその間に、次の聖女の器を見つけて、誕生を見守らねばならないからね」


 リフィアの役目は終わった?

 ここでさよなら?

 次の聖女の器を見つける?


(僕にとってリフィアは、そんな取り替えのきく存在じゃない! ふざけるな!)


「悪魔は僕が倒す。死ななければ良いだけだ」

「無理だよ。星の導きの書には、全ての未来が記載してある。私はそれを永い年月をかけて隅々まで読んだ。ここでフィアを手放す以外に、世界が助かる道は残されていないんだ」


 悲しそうに笑うアスターを見て、オルフェンは悟った。その瞳に宿るのは、深い絶望と諦めの感情。全ての可能性を打ち消されて、数多の希望が潰えた者の目をしているように見えた。


(抗ってこなかったわけじゃ、なかったんだな……)


「君が今までやってきた破天荒で迷惑な行動や実験は、未来を変えるためにもがいていたんじゃないのか?」


 新人魔術師の訓練を厳しくしたのも、悪魔に抗える強い人材を育てたかったのだろう。

 珍しい素材が必要なんだと辺境の地によく連れ回されたのも、対悪魔に有効なアイテムを作りたかったのだろう。


 星の導きに抗うためにもがいて足掻いて、人一倍苦しんでいたのは、紛れもないアスター自身だったのではないか。今までの事を思い出しながらオルフェンは問いかけた。


「ああ、そうだよ! でも私は結局、何も変えられなかった。星の導きからは、定められた運命からは逃れる事が出来なかった……!」


(星の導き……全ての未来が記された書……)


 アスターの持つ星の導きの書に視線を移しながら、オルフェンは優しく声をかけた。


「アスター、僕にもそれを見せてくれないか?」

「それで諦めがつくなら、見せてあげるよ」


 魔力を通し目的の光るページをめくったアスターは、檻に近付きオルフェンに見せた。


 オルフェンは檻から両手を出して、アスターの持つ星の導きの書を掴んだ。


「ちょっと、何やってるの!?」


 ジリジリと両手の皮膚が焼けるように熱い。それでもオルフェンはそれを握りしめたまま言った。


「全てが定められた運命? だったら僕はそんな運命、ぶっ壊して新たな道を作ってやるよ」


 檻の外にある両手に魔力を集約させ強化したオルフェンは、星の導きの書を破り捨てた。千切られた書が、光の粒子を放って消えていく。


「これで未来は誰にも分からない。僕は、運命を断ち切る!」

「は、ははは、まさか、そんな物理的に壊してくるなんて、思いもしなかったよ。これ、代々受け継がれてきた王家の家宝なんだよ……」


 オルフェンの思いがけない行動に、アスターはただ唖然として乾いた笑いを漏らす。


「僕は脳筋剣聖の息子だからな。父なら間違いなく、こうするだろう」

「父上にばれたら、私は廃嫡されるかもしれないな」

「その時は僕も一緒に、公爵位を捨ててやる。生きてさえいれば、どうとでもなるだろう」

「お前は本当に、大馬鹿だよ。でも私は、そんな大馬鹿が嫌いじゃない。むしろ大好きだ!」


 目の端に滲む嬉し涙を拭いながら、アスターが叫んだ。


「気持ち悪い事言ってないで、はやくこの檻をどかしてくれ」

「ああ、勿論さ!」


 アスターは魔法で作った檻を解いた。


「ルー、お前はその手で戦えるのか?」


 真っ赤に腫れた両手を見て、アスターが眉間に皺を寄せる。


「問題ない。魔力で強化すればいい」

「ん? さっきから左胸がずっと光ってるけど、それはなんだい?」


 アスターに指差され確認すると、胸の内ポケットが光っていた。そこにしまっておいたものは一つ。リフィアにもらった大切なハンカチだった。

 取り出すとハンカチがふわふわと浮いて、声が聞こえてくる。


『問題ないじゃないわよ! 私が治してあげるから、絶対リフィアを連れて戻ってきなさい!』


 セレスの祝福効果で、オルフェンの両手は綺麗に治った。


「今のは世界樹様の声かい?!」

「ああ、そうだ」


 感謝をしつつ、力を失ったハンカチを丁寧に畳んで再び胸ポケットにしまう。その時、嫌な魔力の波動を感じた。


(リフィアの身に、危険が迫っている……っ!)


 結婚指輪に施しておいた防御魔法が破られた合図に、オルフェンは焦りを滲ませる。

 一つ破られた後、立て続けにかけておいた防御魔法が次々と役目を果たし効力を失っていく。

 受けた攻撃を三倍にして跳ね返す魔法をかけていたが、それだけで悪魔が死ぬとは到底思えない。


「急ぐぞ、アスター!」

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