第37話 薄幸令嬢の叶えたかった夢
「セピア!」
急いで階段を駆け下りて、踊り場で横たわるセピアの元へ向かう。じわりじわりと床に広がる赤い血に、一刻の猶予がないとリフィアは悟った。
「汚れるので……来ないでください……」
弱々しく発せられたセピアの声を無視して、リフィアはセピアの体を抱き、必死にお願いした。
「神様、どうかセピアの怪我をお治しください。私のたった一人の大切な妹を、どうかお救いください!」
リフィアの強い思いが神聖力として、セピアに流れ込む。
「どうして、私を助けたりしたんですか……」
傷が癒えたセピアは体を起こし、俯いたまま問いかける。しかしそれは答えを求めて吐かれた言葉ではなく、ぐちゃぐちゃになった気持ちをそのまま吐き出したいだけのようだった。
「私はお姉様にずっと嫌がらせをしていた嫌な奴なのに、どうしてあなたはいつもヘラヘラして、文句の一つも言わないんですか!」
気が立っているセピアを極力刺激しないように、リフィアは優しく声をかけた。
「ねぇ、セピア。好きの反対は何か知ってる?」
「突然何を……そんなの嫌いに決まってますわ!」
「普通はそう思うよね。でも違うの。好きの反対は、無関心なんだよ」
「無関心?」
「嫌いって思われている間は、まだあなたの心に私の存在が忘れられていない証拠だって思ってた。だからあなたが毎日私に会いに来てくれて、嬉しかった」
ぎょっとした顔でセピアが聞き返してくる。
「嫌がらせをしにくるのが、嬉しかったんですか!? じゃあ毎日懲りもせずヘラヘラとお礼を言っていたのは、本心だったと仰るのですか!?」
信じられないと言わんばかりに、セピアは大きく目を見開いて問いかけてくる。
「初めて嫌がらせをされた時は、勿論辛かったわよ? でもこの力に目覚めてからは、嬉しい気持ちの方が強かったかな。お父様もお母様も、私に『無関心』だから。セピアだけじゃない。私の事を毎日そうして気にかけてくれたのは」
それを聞いて、セピアの瞳から思わずポロポロと涙があふれだす。
ちっぽけな自尊心を保つためだけに、嫌がらせをし続けた自身の愚かさが情けなくて仕方なかった。
それほどに孤独を感じていた姉に手を差し伸べる事もなく、憂さ晴らしに利用していた最低最悪な自分を心底悔いた。
「姉としてあなたに何もしてあげることが出来なかったのが、本当はずっと苦しかった。私のせいで、色々背負わせてしまってごめんね」
魔力を持たずに生まれたせいで、リフィアは貴族としての責務を何を果たすことが出来なかった。
本来自分が背負うべきだった負荷までもがセピアの肩にのし掛かり、小さなその体に無理をさせているのが苦しかった。
「今まで何も出来なかった分、これから返していきたいと思ってるの。だからセピア、私はまだ、あなたのお姉ちゃんで居てもいいかな? 図々しいお願いかもしれないけど、私はあなたと、本当はもっと仲良くなりたかったの」
「私は…………っ!」
――ガシャン!
その時、目の前で踊り場の大きな窓ガラスが割れた。黒い邪気が集約し、大きな黒い手となってこちへ向かってくる。
「セピア、危ない!」
咄嗟にリフィアは、セピアの前に立ち庇った。
「お姉様……!?」
禍々しいオーラを放つ黒い手はリフィアを掴むと、そのまま窓の外へ連れて行く。
助けようとこちらに必死に伸ばされたセピアの手は、リフィアには届かなかった。
◇
「お姉様!」
窓の外へ消えた姉を追いかけようと窓枠に手を掛け飛び越えようとした時、「何をしているんだ!」と後ろから身体を抱えられ踊り場に連れ戻された。
「放してください!」
「危ないじゃないか! ここから飛び降りたら怪我だけじゃすまないぞ! せっかく授かった命を無駄にするな!」
叱責してくるその聞き覚えのある声に、恐る恐る振り返る。そこに居たのは、ムッとした表情のラウルスだった。
「ラウルス様! 大変なんです! 姉が、お姉様が! 私を庇って、黒い大きな手に拐われてしまったんです!」
「何だって!?」
ラウルスが慌てて窓から外を確認するも、そこにはもう誰も居なかった。
「早く助けに行かないと、お姉様が……!」
「闇雲に追いかけるのは危険だ。ここは一旦オルフェン様に報告だ。転移魔法が使えるオルフェン様なら、すぐに追いかける事が出来るかもしれない」
「分かりました」
セピアはラウルスと共に、急いで舞踏会場へ戻ると、驚きの光景が広がっていた。
「どうして、こんな……!」
何故か会場中の人が床に横たわっている。ラウルスはすぐそばに横たわる男性のに近付き容態を確認する。
「どうやら眠っているだけのようだ。エヴァン伯爵令嬢、手分けしてオルフェン様を探してくれ」
「かしこまりました」
しかし会場中どこを探しても、オルフェンの姿は見つからなかった。
「ラウルス様、これ以上は待てません! 急がないと、お姉様につけたマークが消えてしまいます!」
「追跡できるのか?」
「はい! ですがどんどんつけたマークが薄くなっています。このままでは……」
「分かった、共に追いかけよう」
「よろしいのですか?」
「君一人を危険な場所へ行かせるわけには行かない」
嫌悪していても私情は別にして、困った人に迷わず手をさしのべてくれる。ラウルスのどこまでも真っ直ぐな温かさに、セピアの胸は大きく高鳴る。
(あんな薬を使わなくて、本当によかった……)
「ありがとうございます……!」
追跡魔法を頼りに、セピアはラウルスと共にリフィアを追いかける。移動しながらラウルスは王国魔術師団に緊急要請を出し、聖女救出に向けて準備を進めさせた。
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