第35話 薄幸令嬢は憧れの舞踏会に参加する

「主役の入場は一番最後! 時間になったら案内送るから、大人しく待っててね!」


 とアスターに念を押され、始まるまで用意された休憩室でオルフェンと待機していた。


 夕刻を迎えた頃、呼びに来た侍従に案内され舞踏会場へ向かった。


「オルフェン・クロノス公爵、リフィア・クロノス公爵夫人のご入場です!」


 高らかに名を呼ばれ、オルフェンにエスコートされて会場へと足を踏み入れた。


 天井に幾重にも設置された豪華なシャンデリアが、会場内を明るく照らす。華美な衣装に身を包んだ男女の一部が、こちらに注目している。


「まぁ、珍しく仮面公爵様がいらしてるわ」

「ご結婚なさっていたのね、知らなかったわ」


 ジロジロと品定めするかのような視線は正直居心地が悪い。それでも自分はオルフェンの妻なんだと胸を張って、リフィアは足を進める。


「呪いが解けたって噂があったが……」

「まだ仮面をつけておられるし、デマだったんじゃないか?」

「なんて真っ白な髪なのかしら。公爵様は平民から妻を娶られたのね」

「呪いさえ受けなければ、そんな必要はなかったでしょうに……」


 こちらを見てヒソヒソと話す声が聞こえるも、陛下の一声によってそれはピタリと止まった。


「それではこれより、名誉勲章授与式を執り行う。リフィア・クロノス。そしてオルフェン・クロノス。共に前へ」


 入場の時とは比べ物にならないほど注目され、リフィアに緊張が走る。


(陛下の元に行かないと……右、左、どっちの足から出せばよかったのかしら!?) 


 戸惑っていると「大丈夫、ゆっくり行こうか」と声をかけられ、オルフェンが優しくエスコートして陛下の前に連れて行ってくれた。


「リフィア・クロノス。そなたは夫オルフェン・クロノスにかけられた強大な悪魔の呪いを解き、世界樹の復活に大いに貢献してくれた。その業績や名誉を称え、『聖女』としての名誉勲章を与えると共に、今年の一番の功労者『ベストオブヴィスタリア』の賞を授けよう」


 陛下が声高々に宣言し、金色のトロフィーをリフィアに差し出す。


「おめでとう。これからの働きも、期待しているよ」


 笑顔で優しく声をかけてくれた陛下に「ありがとうございます」とお礼を述べ、トロフィーを受けとると、会場が大きな拍手に包まれた。


「今ここに新たな【聖女】の誕生と、ヴィスタリア王国の叡知【黒の大賢者】の完全復活を宣言する! オルフェンや、元気になった姿を是非皆にも見せてやってくれるか?」

「かしこまりました」


 オルフェンが仮面を外して顔を上げると、会場の女性達からざわめきが起こる。


「う、美しい……!」


 よろめく貴婦人やご令嬢達を、会場にエスコートしてきたパートナーの男性達が複雑な心境で支えていた。


「長年不在だった聖女の誕生と、呪いを受けながらも王国をこれまで支えてくれた黒の大賢者の復活は、我がヴィスタリア王国にさらなる栄光を持たらしてくれることだろう。皆の者、二人を祝して、今一度大きな拍手をここに」


 陛下の言葉で、会場が再び大きな拍手で包まれた。


(私がオルフェン様と一緒に、こんなにたくさんの人から拍手をもらえるなんて……)


 オルフェンの隣に居ても恥じない自分になれた事が、リフィアにとっては一番嬉しい事だった。


「それでは冬の舞踏会の開幕を、本日の主役二人にお願いするとしよう」

「誠心誠意、務めさせていただきます」


 陛下の言葉に、オルフェンは胸に手を当てて腰を折り曲げる。


「私と一曲、踊っていただけますか?」


 体を翻してリフィアの前で跪いたオルフェンは、形式に則りダンスの誘いを申し出た。


「はい、喜んで」


 差し出されたリフィアの手をとると、オルフェンは軽く持ち上げて手の甲にキスを落とす。流れるような所作でそのままエスコートされて、広いダンスホールの中央へと移動する。


 皆に注目されることに慣れているオルフェンの隣で、リフィアの緊張はピークに達していた。

 ダンスの構えをとったはいいものの、緊張で握られた右手も、オルフェンの背中に回した左手もガクガクと震えている。


「いつもみたいに踊れば大丈夫だよ」

「は、はい!」


 それでも緊張が抜けないリフィアに顔を寄せると、オルフェンは囁くように言った。


「今は僕だけを見てて。じゃないと拗ねちゃうよ」


 オルフェンにそう耳打ちされ、体全体が熱を持つ。

 目の前でふふっと悪戯っぽく笑うオルフェンを見て、緊張を和らげるためにわざとおどけてくれたのが分かり不安が和らいだ。


(憧れの舞踏会で、最愛の人と一緒にダンスを踊れる。楽しまないと損よね……!)


 楽団の生演奏に合わせて、踊り出す。オルフェンと共に何度も練習した宮廷円舞曲。


 習い始めたばかりの頃はオルフェンの足を踏んでしまって、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。けれど文句ひとつ言うことなく、オルフェンは笑顔で『失敗は成功のもとだよ』って励ましてくれた。


『ステップ上手に踏めるようになったね』

『動きがなめらかになったね』

『今のターンとても綺麗だったよ』


 練習に付き合ってくれる度に、上達した所を褒めてくれた。それが嬉しくて、オルフェンにもっと褒めてほしくて、リフィアはダンスの練習を必死に頑張った。

 気がつけば周囲のことなど全く気にならず、オルフェンとのダンスを心から楽しんで踊っていた。


「ねぇ、リフィア。よかったらそろそろ結婚式を挙げない?」

「け、結婚式ですか!?」


 思いもよらぬ嬉しいサプライズを提案され、リフィアは動揺する。乱れそうになったステップを、オルフェンがうまくリードしてカバーしてくれた。


「皆へのお披露目も済んだ事だし、そろそろ君のウェディングドレス姿が見たいんだ。どうかな?」


 照れ臭そうに尋ねてくるオルフェンに、「とても嬉しいです!」と満面の笑みを浮かべる。


「今度は王国中のデザイナーを呼び集めて、一番素敵なウェディングドレスを作ろうか」

「そ、それはやりすぎだと思います!」

「そうかな? 一生に一度のものだもの。やりすぎなくらいでちょうどいいと思うんだ」


(オルフェン様の場合、やりすぎの規模が大きすぎるのよね……)


 そんな事を話している間にダンスは無事フィニッシュを迎える。

 笑顔で楽しそうに踊る、息のぴったりと合った二人のダンスは多くの観客を魅了した。温かい拍手に応えるように一礼して、ダンスホールを降りると――


「美しくてとても素敵でした!」

「あこそまで息のぴったりと合ったダンス、初めて見ました!」


 若い令嬢達が賛辞を送ってくれ、それを皮切りに次々と挨拶に貴族達が集まりだす。


「流石はリフィア、我が自慢の娘だ! 閣下、これからも娘のこと、どうぞよろしくお願いいたします」


 その中にはエヴァン伯爵も居て、見たこともない父の笑顔や賛辞にリフィアは戸惑いを隠せなかった。


(熱でもあられるのかしら……?)


 馴れ馴れしく話しかけてくるエヴァン伯爵に、オルフェンはわきあがる苛立ちを隠しつつ笑顔で話しかける。


「いくら父親と言えど、私の妻を気安く名前で呼び捨てないでいただけますか、エヴァン伯爵」

「こ、これは失礼いたしました。クロノス公爵夫人」

「それとわざわざ心配してもらわずとも、愛する妻に不自由などは決してさせませんので、どうぞご安心ください。では失礼します」


 それだけ言うと用は済んだと言わんばかりに、オルフェンはリフィアを連れて別の貴族の相手をし始める。


 クロノス公爵家と親密な関係であると周囲に知らしめたかったエヴァン伯爵の思惑は、オルフェンにピシッとシャットアウトされた。


「伯爵は都合がいいお方ですのね」

「クロノス公爵夫人は、幻のエヴァン伯爵令嬢でしたのね。初めて見ましたわ」


 ヒソヒソとエヴァン伯爵の方を見て噂話に話を咲かせる貴婦人達に、居心地が悪くなったエヴァン伯爵は苛立ちを抱えながらその場を離れた。


「無様だな」


 すれ違いざまに吐かれた暴言に、エヴァン伯爵は思わず振り返る。


「実の娘をさんざん冷遇しておいて、地位を手に入れた瞬間すり寄る。ほんと反吐が出るほど変わってねぇな」


 そう言って嘲笑を浮かべる水色の髪の男を見て、エヴァン伯爵は焦りを滲ませる。見た目の印象はかなり違うが、その目つきや声で気付いた。


「ヘリオス……兄上……どうしてあなたがここに!?」

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