第34話 王太子からのささやかなプレゼント

 冬の舞踏会当日。

 カーテンを開けると外は晴天に恵まれ、リフィアは期待に胸を膨らませていた。


(いよいよ、憧れの舞踏会に参加できるのね……!)


 本で読んだ舞踏会を、一目でいいから見てみたかった。そんな夢の舞台にオルフェンと共に参加できる事が、リフィアには嬉しくてたまらなかった。


 朝食を済ませた後、ミアに外出用の身支度を整えてもらった。


「とても綺麗です、リフィア様!」

「ミアの技術が素晴らしいおかげよ」

「リフィア様を綺麗に飾り立てる事は、私の楽しみですから!」

「頼もしいわ。いつもありがとう」


 舞踏会用に仕立ててもらった、オルフェンと対になるよう作られたプリンセスラインのドレス。青空を連想させる青と白を基調としたそのドレスには、百合の花をモチーフとした金地の繊細な刺繍が施され上品な印象を受ける。


 胸元や腰回り、袖や裾など、要所に散りばめられたアクアマリンの装飾が、動く度に光に反射してキラキラと輝く。

 そこにはダンスを楽しみにしていたリフィアが、どの方角から見ても美しく輝いて見えるよう仕立屋に緻密に計算させた、オルフェンのこだわりが詰まっていた。


「それでは早速、旦那様を呼んできますね! きっと首を長くして待たれていると思いますので!」


 ミアが退室した後、鏡台に映る自身の姿を見て、リフィアはそっと胸元のペンダントに触れた。そこにはオルフェンの瞳と同じアメジストが嵌め込まれている。


 大切な人の瞳と同じ色の装飾品を身につけて舞踏会に参加すること。それは意中の相手に思いを伝えたり、大切なパートナーへの変わらない愛を伝える意味があると、本で読んだ。


(オルフェン様に私の想い、伝わるといいな……)


 トントンと、扉を叩く音が鳴った。


「リフィア様、旦那様をお連れしました」

「ありがとう、ミア」


 出迎えると、正装に身を包んだオルフェン姿がある。


 目の前に飛び込んできたのはオルフェンの首元にある、大きなブルーサファイアの嵌め込まれたブローチ。それはリフィアの瞳の色と同じものだった。


 目立つ場所に相手の瞳の色の装飾品を付けるほど、その想いは強い。


「…………っ!」

「…………っ!」


 リフィアとオルフェンはお互い顔見合わせて、顔を赤く染める。


「とても綺麗だよ、リフィア。僕の色を身につけてくれたんだね。ありがとう、嬉しすぎてどうにかなりそうだよ」

「オルフェン様こそ、とてもかっこよくて素敵です! それにそのブローチも、すごく嬉しいです」


 いつまでたっても初々しいそんな二人の様子を、ミアは微笑ましく見守っていた。





 打ち合わせをしておきたいとアスターに呼ばれていたリフィアとオルフェンは、舞踏会の時間より早くスターライト城に向かった。


「ルー、フィア、よく来てくれたね!」


 王族専用のプライベートサロンに案内され、座るよう促されて席に着く。


「今日の冬の舞踏会の主役は間違いなくお前達だ。そこで私は父上に頼んで、特別演出を入れてもらったんだ!」


 ふふんと胸を張るアスターに、オルフェンは低い声で「何をやらかした?」と鋭い眼光を向ける。


「第一声がそれって酷くない!?」

「君のやらかす事がプラスに働く可能性はわずか3%だ。今までの経験則から僕はそう判断している。それで今回は何をやらかしたのか、直ちに吐け!」

「世界は大いなる失敗の積み重ねで成り立っているのさ! 私は常に成功と言う名の可能性を追い求めているだけなのに!」

「余計な御託はいいから、さっさと吐け!」

「ルーがいじめる。フィア、助けて!」

「毎度毎度、リフィアを盾にするな!」


 ちぇっと呟いた後、アスターは本題に入った。


「冬の舞踏会の前に、毎年名誉勲章授与式をやっているだろう? いつもならその後舞踏会の開幕を王族がやるわけだけど、今回は君達にお願いしたいんだ」

「何をすればよろしいのでしょうか?」

「開幕を告げるファーストダンスを、君達二人にお願いしたい」

「ファーストダンス、ですか?」


 話が上手く飲み込めていないリフィアに、アスターはにっこりと微笑んでさらに説明を続ける。


「舞踏会に憧れ続けていたお姫様に、最高の舞台を用意したって意味だよ。フィアとルーのダンスで、今年の冬の舞踏会の幕開けをするのさ」


(私とオルフェン様のダンスで、舞踏会の幕開け……)


 そんな大役が自分に務まるのだろうかと不安になるも、オルフェンと一緒ならきっと大丈夫だとリフィアは自分を鼓舞する。


「ありがとうございます。アスター殿下」

「まさか3%の奇跡が起こるなんて……!?」

「ふふっ、見直したかい?」

「君にしては、やるじゃないか」

「これくらいしか、私に出来る事はないからね」


 ははっと軽く笑い飛ばしながらアスターが自嘲気味に言った。


「アスター殿下、少しよろしいでしょうか」


 その時、外で控えていた護衛が声をかけてきた。


「どうしたの?」

「宮廷音楽家のファルザン様がお越しになっております」

「分かった、通して」

「かしこまりました」


 一礼して護衛は扉の方へ向かった後、黒いヴァイオリンケースを手にした穏やかな印象を受ける壮年の男性を連れてきた。


「やぁルザン、よく来てくれたね」

「殿下のお呼びとあれば、どこへなりとも駆けつけさせて頂きます」


 ファルザンが腰を折り曲げて挨拶をすると、後ろで一つに結ばれた水色の長髪が揺れる。どこか気品を感じさせるその立ち振舞いや所作には、育ちの良さが出ていた。


「忙しいところ悪いね、一曲お願いしてもいいかい?」

「かしこまりました。準備しますので少々お待ちください」


 そう前置きして、ファルザンはケースからヴァイオリンを取り出して準備し始める。


「ルー、お前がフィアのために彼の曲が収録されたオルゴールを集めてるって聞いてね、本人を呼んだんだ! 私からのサプライズプレゼントさ!」

「だから絶対に早く来て、来てくれないと拗ねるからねって念押してたわけか」

「早く来た甲斐があっただろう?」


 アスターがオルフェンに質問を投げ掛けている頃、リフィアは興味津々でファルザンのヴァイオリンの準備を眺めていた。


 リフィアの視線に気付いたファルザンは優しく微笑み、「何かリクエストはありますか?」と尋ねる。「夢のソナタが聞きたいです!」と答えるリフィアに、「かしこまりました」と快くリクエストを受け付けてくれた。


 オルゴールで彼の曲のファンになっていたリフィアは、期待に胸を膨らませ瞳を輝かせていた。


 そんなリフィアの姿を見て、オルフェンはアスターの質問に「そうだな」と答え口元を綻ばせる。


 ファルザンの優雅なヴァイオリン演奏を楽しみ、いよいよ冬の舞踏会が幕を開けようとしていた。

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