第31話 薄幸令嬢は邪気を払う方法を学ぶ

「くっ……! はぁ……はぁ……」


 夜が更け皆が寝静まった頃、苦しそうなうめき声が聞こえて目が覚めた。それが隣に眠るオルフェンが漏らしたものだと気付いたリフィアは、咄嗟に彼の震える手を握りしめた。


 手の震えは止まったものの、悪夢にうなされているオルフェンの顔は依然として苦痛に苛まれていた。


「オルフェン様」


 見るに見かねて、リフィアは遠慮がちにオルフェンの身体をゆさゆさと揺らして起こす。しかし中々起きる気配はなく、手首を掴まれ引き寄せられてしまった。


 オルフェンの上に覆い被さるように倒れ込んだリフィアは、慌てて身体を起こそうとするも、しがみつくように抱き締められ動けなくなった。


(お、重たくないかしら……)


 オルフェンを潰してしまうんじゃないかと不安になったリフィアは、何とか脱出を試みるも力が強く身動きが取れない。


「父上。申し訳、ありません……」


 その時、懺悔するかのように紡がれた声が耳に入り、背中に回された手が再び震えている事に気付く。


(どうか、オルフェン様の不安が少しでも和らぎますように……)


 強く思いを込めて念じてみたものの、オルフェンの悪夢は払えない。結局落ち着くまで、リフィアはそのまま抱き枕に徹した。


 しかしそれが数日も続けば流石に心配になる。


 オルフェンの父アレクシスがどんな方だったのか、陛下とエレフィスから少し聞いただけで詳しい事は知らない。

 イレーネに相談してみようかとも思ったが、故人である最愛の人の事を軽々しく聞いてはいけない気がした。とはいえオルフェンに直接尋ねるのも気が引けたリフィアは、セレスに相談してみる事にした。





「……というわけなのです。セレス様、悪夢を払う方法をご存知ではありませんか?」


 いつもの定位置である世界樹の近くに置かれた丸い円卓のテーブル席。セレス専用の小さなテーブルセットとティーセットも卓上に設置されている。


 最近セレスはレモンティーにはまっているようで、エレフィスが用意してくれたそれを美味しそうに飲んでいた。小さなカップをソーサーに戻し、セレスは答える。


「そんなの簡単よ。リフィアの神聖力で払えばいいのよ」

「思いを込めて念じてみたのですが、効果がなかったのです」

「悪しき者って大抵は、人の心の弱みにつけこんで内部を侵食してるのよ。だから外側に触れるだけでは、うまく力が働かなかったのかもしれないわね。復活と浄化は効果が違うものだから」

「復活と浄化、ですか?」

「復活は衰えた生命を活性化させて、甦らせる事よ。強い思いを込めるほど、その力は強くなるわ。浄化は邪気に汚されたものを払う事よ。昔はよく聖騎士が斬って弱らせた魔物を、傷口から聖女が神聖力を流し込んで浄化して回っていたわ」

「傷口から、ですか?」

「そうよ。外側に触れて神聖力を流し込んでも、外側をグルグル巡るだけで中にはあまり入っていかないの。だから中に巣くった邪気を払うには、内側の粘膜から直接神聖力を流し込んで浄化する必要があるのよ」

「つまりオルフェン様の悪夢も、内側から神聖力を流し込めば払う事が出来るという事でしょうか?」

「ええ、そうよ。そうやって、呪いも解いたんじゃないの?」


 今さら何をいってるの? と言わんばかりにきょとんとこちらを見つめるセレスに、リフィアは恥ずかしくなって頬を赤く染める。


「今夜、頑張って邪気を払ってみます!」

「ええ、応援してるわ」





 その日の夜。寝室にオルフェンが来るのを、リフィアは待ち構えていた。


(き、緊張する……)


 そわそわして落ち着かない。意味もなく室内をうろうろして、とりあえずカーテンでも閉めておこうとバルコニーに視線を移すと、外ではパラパラと雪が降りだしていた。

 空調設備が整っているため室内でその寒さを感じる事はないが、本格的に冬がやって来たのだと改めて感じる。


 怪しまれないように、自然にお誘いすること。それが今、リフィアに課せられたミッションだった。


(オルフェン様の悪夢を払うためよ!)


 自分を鼓舞しベッドの上で待つこと数十分、湯浴みを済ませたオルフェンが寝室へとやって来た。


「そ、そんな所に正座してどうしたんだい?!」


 髪を拭っていたオルフェンは、驚きのあまりタオルを落としてしまった。


「あ、あの! オルフェン様!」


 こちらを見て、オルフェンは焦った様子で駆け寄ってきた。前髪をかきあげられ、オルフェンの顔が近付いてくる。反射的に目をつむると、額にコツンと何かがあたる感触。


「すごく熱いよ、リフィア! もしかして熱があるんじゃないかい!? 無理せず先に休んでくれて良かったのに!」


 そう言いながら、オルフェンはリフィアを抱えるとベッドへ優しく横たえた。あれよあれよと毛布に掛け布団まで被せられてしまい、リフィアは慌てていた。


「ち、違うんです!」

「無理をしなくていいんだよ」


 頭をよしよしと撫でられ、寝かしつけようとするオルフェンにリフィアは叫んだ。


「オルフェン様に、触れて欲しくて待っていたんです!」

「…………っ!」


 リフィアの頭を撫でていた手が硬直する。言葉の意味を理解したのか、オルフェンの顔もリフィアに負けず劣らず真っ赤に染まっていた。


「き、急にどうしたの?! リフィアが僕を求めてくれるのはすごく嬉しいんだけど……」


 心配そうに顔を覗き込まれ、オルフェンの紫色の瞳が不安そうに揺れている。


「やはり様子がいつもと違う気がするんだ。君の瞳に覚悟が宿っているように見える……もしかして、セレス様に何か言われた?」


 ずばりと言い当てられ、リフィアは視線を彷徨わせる。それがオルフェンの中では確信に変わったようで、「本当の事を言ってくれるまで、触れないよ」と宣言されてしまった。


(正直に話すしかないわね……)


 体を起こして、リフィアは口を開く。


「セレス様に、邪気を払う方法を教えていただいたんです」

「邪気を払う方法?」

「はい。ここ数日、オルフェン様がずっと悪夢にうなされていて心配だったので……」

「僕、悪夢にうなされてたんだね。全然気付かなかったよ。リフィアが静めてくれていたの?」

「私はただ傍で抱き枕に徹することしか出来ずに、それが悔しくて……」

「なんかごめん。僕すごく迷惑かけてたんだね」

「いえ、迷惑だなんてそんな事はございません!」

「毎年この時期になると、夢を見るんだ。父が僕を庇って亡くなった夢を……」


 オルフェンはゆっくりと、過去に起こった事を話してくれた。

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