第30話 仮面公爵は丁重に送り返す事にした

 冬の舞踏会まで一ヶ月を迎えた頃、クロノス公爵邸にプレゼントが届いた。差出人はエヴァン伯爵。送付されてきた手紙を見て、オルフェンは怒りに震えていた。


「今さらこんなものを贈ってくるとは……」

「正直、必要ありませんね」


 ジョセフが届いたプレゼントの山を見て苦笑いを漏らす。


「リフィアがここに来てくれて、もう一年近く経っている。今さら何が『嫁入り道具をお送りします。娘の趣味の物を仕立てるのに時間がかかり、遅れて申し訳ありません』だ」

「旦那様の好みに合わせてリフィア様の衣装は全て仕立てられていますしねぇ……」

「しかもこんな悪趣味なドレスなど、リフィアの趣味なわけないだろう!」


 赤や緑など原色が際立つ胸元の大きく開いた派手な夜会用ドレスの数々にルビーの散りばめられた靴や装飾品を見て、オルフェンは憤りを隠せなかった。

 どれもこれも、明らかにリフィアのイメージとはかけ離れたものばかりであった。しかもサイズも大きく丈も長いため、合っていないのは一目瞭然だった。


「ねぇ、ジョセフ。君にはこれ、誰のために仕立てた衣装に見える?」

「近くに居た手頃な女性に合わせて作ったものでしょうかね……普通なら側仕えが主の服のサイズぐらい把握しているものですが、それさえ無かったというのをありありと見せつけられて、心が痛くて仕方ありません」


 ジョセフは小さくため息を落とすと、悲しそうに目を伏せた。


「エヴァン伯爵はどれだけ僕を怒らせたら気が済むのだろうね。これは僕への挑戦状だと受け取ってもよいのかな?」


 オルフェンは指をバキバキと鳴らしながら、不適な笑みを浮かべていた。


「何かあったのですか?」


 朝のマナーレッスンを終え部屋に戻ろうとしたリフィアは、エントランスでオルフェンとジョセフの声がするのに気付いて声をかけた。


「実はこれ、エヴァン伯爵から届いたんだけど……」


 エントランスに置かれたプレゼントの数々を見て、リフィアは口を開く。


「送り先を間違えていらっしゃるのでしょうか?」

「だよね、そうだよね。このドレスや装飾品の数々、リフィアの趣味じゃないよね?」


 大胆に胸元の開いたドレスや深いスリットの入ったドレスを見て、リフィアはぶんぶんと首を左右に振る。


「わ、私の趣味では決してございません! もしかすると、母へのプレゼントと間違っておられるのかもしれません。記憶に残る母は、このように派手なドレスをよくお召しになっていましたので」


 いつも綺麗に着飾っていた母の姿を思い出す。桃色の髪を結い上げて、寒い季節でも見た目を優先して露出の多いドレスを好んで着られていた。


「分かった、じゃあ丁重に送り返しておくよ。ジョセフ、今すぐ全てエヴァン伯爵家に返しておいて」

「よ、よろしいのですか?!」


 狼狽えるジョセフを見て、オルフェンは最終確認をすべくリフィアに問いかけた。


「リフィア、この中に欲しいものはあるかい?」

「いいえ、ございません」


 リフィアが即答すると、オルフェンは得意気な笑みを浮かべてジョセフに声をかける。


「ほら、リフィアも要らないって言ってるから大丈夫だよ。そうだね、送付状にはこう書いておいて。『伯爵夫人への贈り間違いのようなのでお返しします』とね」


 手紙を見せずにそれは卑怯では……と、喉元まで出かけた言葉をジョセフは飲み込んだ。

 一年も経って適当な花嫁道具を送り付けてくる方が、どう考えても非常識だと納得したのか、ジョセフは「かしこまりました」と余計なことを考えずに任務を遂行することにしたようだ。





 数日後、エヴァン伯爵家では――


「アマリア様、プレゼントが届いております」


 エントランスに置かれた豪華なプレゼントの山を見て、エヴァン伯爵夫人アマリアがまぁと感嘆の声をあげる。


「セルジオス様からの贈り物かしら? ふふふ、嬉しいわ。もうすぐ、結婚記念日だもの」


 アマリア好みのドレスに、王都で人気の最新デザインの装飾品の数々。こんなに素敵なプレゼントをいただけるなんてと、アマリアは上機嫌だった。


 最近は予算が厳しいから新しいドレスを仕立てるのは控えてくれと言われていたが、このサプライズのためだったのだとアマリアは頬を緩ませる。


「送付状がついております」


 侍女がプレゼントに付いていた送付状をアマリアへ手渡した。


「どうしてクロノス公爵家から届いているの?」


 クロノス公爵家の印璽いんじが施された封蝋を見て、アマリアが首をかしげる。中身を改めて、アマリアの顔色がみるみる変わる。


「な、なによこれ! セルジオス様は、リフィアにこれを贈ったというの!?」


 送付状には二通の手紙が入っていた。一通は送り間違いだと伝える簡素な手紙。そしてもう一枚は、嫁入り道具としてエヴァン伯爵がリフィアに贈ったと記された手紙がそのまま同封されていた。


 ぐしゃりとその手紙を握りつぶしたアマリアは、その手紙を手にしたまま夫であるエヴァン伯爵の執務室へ押し掛ける。


「セルジオス様、これはどういう事ですか!? 私には予算がないからと、新しいドレスを仕立てるなと仰いながら、リフィアにこんなものを贈っているなんて!」


 アマリアは腹立たしい手紙をバンと机に置いた。それを見て、セルジオスは驚きの声を上げる。


「何故この手紙がここにあるのだ?」

「クロノス公爵家から届いた大量のプレゼントと共に、送付されていました」

「その荷物は今どこに?!」

「まだエントランスにありますが……」


 そう聞くや否や、セルジオスはエントランスまで走った。

 予算を切り詰め奮発して贈ったプレゼントが、そのまま送り返されたのだと知ってその場に膝から崩れ落ちた。


「くそっ! こんなに金を使ってやったのに、何が気に入らないというのだ!」


 セルジオスの苛立つ声が、虚しくエントランスに響いていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る