第23話 薄幸令嬢は陛下と謁見する②
陛下の執務室から隣の応接室へと移動し、三人掛けの大きなソファーに座るよう促される。
さりげなく奥の席に座るようオルフェンがエスコートしてくれて、並んで腰を下ろした。
テーブルを挟んだ向かい側には、一人掛けのソファーが三つ置かれ、真ん中に陛下、左側にアスターが座った。
「楽にしてくれて構わない。もうじき教皇も来るだろう」
どうやら陛下の隣の空席は、教皇の席らしい。
「伯父上も呼ばれているのですか?!」
オルフェンが顔をひきつらせて尋ねた。
「あれでも教皇だからな。世界樹の事もあるし、神殿側とも話を付けておかねばならないのだよ」
「ははっ! ルー、さっき私を悪者にした罰だね!」
「オルフェン様、大丈夫ですか? 何だか顔色が……」
「だ、大丈夫だよ」
口ではそう言うものの、体を硬直させているオルフェンは緊張しているように見える。
「世界樹を守っているイシス大神殿の最高指導者、つまり教皇はね、ルーの母方の伯父なんだよ」
「母方ということは、イレーネ様のご兄弟であられるのですか?」
「ああ、そうなんだ。現教皇は母の兄にあたる方で……」
その時、バタンと勢いよく扉が開いた。神々しい祭服に身を包んだ金髪の男性が「オッルフェーン!」と勢いよくこちらに駆けてくる。
「呪いが解けたと聞いたのに、何故まだ仮面をつけているんだい!? ほら、可愛い甥の顔をよく見せておくれ……!」
まるで子供に接するかのように、ソファーに座るオルフェンの目線の高さに合わせて教皇は膝をついて話しかける。
仮面を被っていることに心配を滲ませながら、呪いが解けた事に喜びつつ、コロコロと表情を変えるその姿は、甥が可愛くて仕方ないただの親戚の伯父にしか見えない。
「陛下の前ですよ。伯父上は本当に、相変わらずですね……」
軽く息を吐いて、オルフェンは仮面を外して見せた。
「色々心配をおかけしました。妻のリフィアのおかげで、呪いは完全に解けました」
「そうか、本当によかった……! お祝いにお前の好きなものを持ってきたんだ」
教皇は呪文を唱えると大きな兎のぬいぐるみを召喚した。
「好きだっただろう? 兎のぬいぐ……」
「伯父上! 僕はもう子供ではありません!」
「なら猫さんならどうだい? それともクマさんの方がいいかい? それとも……」
教皇が次々と可愛らしい動物のぬいぐるみを召喚して、辺りはぬいぐるみで埋め尽くされていく。
「そういう問題ではありません!」
顔を真っ赤に染めて拳をプルプルさせるオルフェンを見て、アスターは「くっ、あははは!」と堪えきれずに爆笑し始めた。
「教皇聖下。ルーが今好きなのは、隣に座る奥方ですよ」
アスターの言葉で、教皇の視線が一気にこちらへ向いた。
「ああ、なるほど! 瞳の色が気に入らなかったんだね」
再び白い兎のぬいぐるみを召喚して「リフィア様と同じ青い瞳にしたよ」といって差し出した。
リフィアとよく似た色合いの兎のぬいぐるみを大事に抱え、オルフェンは口を開いた。
「今すぐ散らかした物を片付けてください!」
「そんな遠慮しなくて……」
「今すぐ、片付けてください!」
「分かったよ」
教皇はしくしく泣きながら召喚した物を元に戻していく。
「オルフェン、それは?」
オルフェンの腕に抱えられた兎のぬいぐるみを見ながら、教皇が尋ねる。
「これだけは……ありがたく頂戴しておきます」
「十個に増やそうか?」
「結構です。リフィアによく似た物を消すのが、嫌なだけですから」
自分と同じ色合いの兎のぬいぐるみを大切そうに抱えるオルフェンを見て、リフィアは恥ずかしそうに頬を紅潮させた。
「そうか、お前もやっと大切な人を見つけたのだな」
「はい。リフィアは僕にとって自慢の妻ですから」
教皇は目の端に滲む涙を拭うとこちらに向き直って、片膝をついて深く頭を下げた。
「リフィア様、可愛い甥を救ってくれた事、誠に感謝いたします……!」
「教皇聖下、どうか顔をおあげください」
最高指導者であられる教皇に頭を下げられるなど! リフィアは恐れ多いとソファーから床に降りて、教皇と同じ目線の高さで話しかけた。
「今の私は教皇ではなく、オルフェンの伯父エレフィス・ルミエールとして貴方に感謝を示しております。どうかこれからも、末永く甥の事をお頼み申し上げます」
顔を上げたエレフィスはそう言って、リフィアを真っ直ぐに見据える。
「エレフィス様……勿論です! こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
胸に手を当てて、リフィアは笑顔で頷いて見せる。
「あーゴホン。エレフィス、嬉しいのは分かるが、そろそろ席についてもらっても良いか?」
「リフィアも、そんなところに座る必要ないんだよ」
オルフェンはリフィアを抱えると、ソファーに優しくおろして座らせた。
「あ、ありがとうございます」
「僕の膝の上に座っててもいいんだよ?」
「い、いえ! それは……!」
「ほら、遠慮する事はないんだよ」
オルフェンの手が、頬を優しく撫でる。膝の上であーんして食べさせられた羞恥の日々を思い出し、一気に顔に熱が集中する。
「しかしこうしてみると、オルフェンは本当にアレクシスにそっくりに育ったな」
「確かにそうだね。妹を猫可愛がりしていたアレクの姿を彷彿とさせるな」
陛下と教皇が楽しそうにこちらを観察する眼差しに気付いて、リフィアはさらに焦りを滲ませる。
「はいはいそこまで! 役者も揃った事だし、そろそろ本題に入りましょう。父上も教皇聖下もお忙しい身でしょうし」
こちらを見て、ぱちっとアスターがウィンクをして見せる。
(アスター殿下、助けてくださったのね……)
「そうじゃな。では改めてオルフェン、そなたの呪いが解けた事、誠に嬉しく思うぞ。きっと天国からそなたの父、アレクシスも喜んでいる事だろう」
「勿体無きお言葉、ありがたき幸せにございます」
「そしてクロノス夫人、いや今はリフィア殿と呼ばせて頂こう。そなたの中に宿った神聖力は、我が国にとってとても貴重なものだ。そこでそなたには是非とも、聖女の地位を授与したいと思っている」
控えていた側近に陛下が「例のものをこちらへ」と命令を出し、小さな宝石箱がテーブルへと置かれた。
「これは聖女に贈られる名誉勲章だ。オルフェンの持つ『黒の大賢者』と同等の権利を有する証となる」
(オルフェン様の持つ勲章と同等の権利!?)
陛下が宝石箱を開けると、ユリの花をモチーフとして作られた銀色に輝く美しいバッジが入っていた。
「聖女は魔力を持てないから、特別にこのバッジだけは、高濃度の魔力結晶を加工して作られている。だから魔力をトリガーとして起動する転移門や魔道具なども使用可能になるはずだ。その他の詳しい権利についてはオルフェン、後で説明を頼んでも良いか?」
「はい、お任せください」
「リフィア殿にはこれから聖女として、定期的に世界樹に祈りを捧げて欲しいと思っている。魔力で何とか延命させてはいるが、世界樹の状態はあまり良いと言えぬのだ。どうかこのヴィスタリア王国を、オルフェンと共に支えてくれるだろうか?」
「勿論です。私には身に余る光栄でございますが、謹んでお受けいたします」
「ありがとう、リフィア殿。今ここに、新たな聖女の誕生だ」
陛下から名誉勲章を受け取ると、「僕が付けてあげるよ」とオルフェンが左肩付近にバッジを付けてくれた。
「ありがとうございます。お揃いみたいで嬉しいです!」
「それなら帰りにいっぱいお揃いの物を買って帰ろう。足りないなら、特注で作らせてもいいね!」
「い、いえ! 一つあれば十分です。私はそれを大切にしたいので」
本当にリフィアが欲がないなぁ……と言われても、そこは何としても阻止しなければ! 以前の次々と積み上がっていくプレゼントの山を思い出し、止めに入らないと本当にオルフェンなら買いかねないと思った。
「やはり、血は争えんのう」
「そうだな。すぐ二人の世界に入る所が、本当にアレクと妹そっくりだ」
二人のやり取りを陛下と教皇は目を細めながら、昔を懐かしむように眺めている。今は亡き親しき学友の姿を、オルフェンに重ねるかのように。
「素晴らしい聖女も見つかった事だしアスターや、お前もそろそろ早く良い相手を……」
「また私にとばっちりが来るの!?」
まだ独身かつ特定の相手もいないアスターは、思わぬ飛び火に「用事も済んだ事だし、私はこの辺で!」と脱兎のごとく逃げ出した。
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