第24話 薄幸令嬢は世界樹に祈りを捧げる

 陛下との謁見を済ませた後、世界樹に祈りを捧げるため、教皇のエレフィスと共にイシス大神殿へ移動する事になった。


「名誉勲章を持っていると、各地にあるこの転移門が自由に使えるんだよ」


 黒い転移門を見て、オルフェンが名誉勲章の特権を教えてくれた。


「あの、オルフェン様。そもそも転移門というのはどういった事が出来るのでしょうか?」

「元々転移門は、遠い場所への移動や荷物の運搬を楽にするために作られたものなんだ。魔力を通せば、転移門から別の転移門への移動が出来るし、転移結晶を持っていればどこからでも目的の転移門への移動が可能なんだよ」

「すごく便利ですね」

「うん。転移門や転移結晶にも種類があってね、例えば……」


 オルフェンの話によると、転移門は台座の色によって順位付けされていて、階級により使用が制限されているらしい。


 黒い台座の特別転移門は、王族と世界樹を保護しているイシス大神殿の上層部、名誉勲章を持っている者のみ使用可能。


 赤い台座の上級転移門は、毎年規定以上の魔力結晶を上納する伯爵家以上の貴族が使用可能。


 青い台座の中級転移門は、毎年規定以上の魔力結晶を上納する子爵家以上の貴族が使用可能。


 緑の台座の下級転移門は、転移結晶を持つ者なら誰でも使用可能。とはいえ下級転移結晶でもそこそこ値が張るため、実質的には一部の裕福な商人などの平民しか使えない。主に物資の運搬に使われる事が多いようだ。


 上の階級の者は下の階級の転移門を使うことは可能だが、逆は出来ない。それぞれの階級に応じた転移結晶が存在し、上の階級にいけばいくほど値が張る。よほどの緊急時以外は転移門を使うのが一般的らしい。


 オルフェンが教えてくれた事を頭に刻み理解した上で、リフィアは口を開いた。


「つまりこのバッジがあれば、全ての転移門を使う権利があるという事でしょうか?」

「うん、そうだよ」


 自分でこの転移門を使う事が出来る事に、リフィアは心踊らせていた。


 魔道具にあふれたこの世界では、魔力を通して色々便利な道具を使う事が出来る。しかし魔力を全く持たないリフィアには、それらの魔道具を使う事が出来なかった。


 ダンスの個人練習をしようとしても、自分では魔道具で音楽を流すことも出来ない。ミアや他の使用人達が常に気にかけてくれるから不自由はしないものの、少し心苦しさがあった。


「オルフェン様、自分で使ってみてもいいですか?」

「勿論だよ。転移門に立って、イシス大神殿と頭の中で唱えると転移出来るよ。伯父上、まずは手本を見せてあげてもらえますか?」

「ああ、任せなさい」


 教皇のエレフィスが転移していくのを、食い入るように見つめる。


「僕もすぐに向かうから、使ってごらん」

「はい、やってみます!」


 黒い転移門に立ち、頭の中でイシス大神殿と唱える。聖女の名誉勲章のバッジから溢れた魔力が体を包み込んで、転移した。


「上手く出来たね」

「お、オルフェン様!? もう転移されたのですか!?」


 転移する瞬間まで、確かに見守ってくれていたはずのオルフェンが目の前に居る。


「ははは、オルフェンは転移門をただ目印として使っているだけで、どこへでも魔法で転移可能だからね」


 教皇が笑いながら教えてくれた。


「どこへでも、ですか!?」

「ヴィスタリア王国内なら、可能だよ。他国には、勝手に入るわけにはいかないしね」


 さも当たり前のように答えるオルフェンに驚きつつも、リフィアはさらに質問を重ねる。


「ちなみに、その転移魔法を扱える方はどれくらいいらっしゃるのですか?」


 顎に手を掛けて考える素振りをしつつ、エレフィスが答えてくれた。


「今は王国内だと片手の指で数えられるくらいしか居ないね。複数の属性の魔力を扱えないと、そもそも使えない魔法だから」


(オルフェン様が、色々規格外すぎるわ……!)


「では、世界樹の元へ案内するよ」


 エレフィスに案内され、イシス大神殿の奥へと進んでいく。


 魔力で抑え込んでいたバジリスクの呪いが、いかに強力なものであったのかリフィアは改めて実感した。

 もし受けたのがオルフェンじゃなかったら、受けた者はとうに命を落としていてもおかしくなかったのかもしれない。

 呪いは完全に解けていると分かっていても、想像すると怖くなって、リフィアは隣を歩くオルフェンの右手を思わず掴んでいた。


(よかった、きちんと温かい……)


 思わずほっと胸を撫で下ろす。


「リフィアの力があれば、きっと大丈夫だよ」


 耳元でそう囁かれ、オルフェンが優しく手を握り返してくれた。どうやら世界樹を復活させられるか不安に感じていると思われたらしい。


 世界樹が枯れてしまえば、再びこの地は氷の大地になってしまうだろう。


(私はきっと、聖女には向いていないわね……)


 心の中で苦笑いが漏れる。

 王国を救うために、世界樹を復活させたいわけじゃない。繋いだこの手をいつまでも離したくないから、世界樹に祈りを捧げるだなんて。私欲に満ちた罰当たりな聖女に違いない。それでも――


(心を込める事が神聖力の源になると言うのなら……オルフェン様への想い以上に、私が込めれるものはないわ)


「はい、頑張ります!」


 教皇の執務室にある仕掛け扉から、地下へと向かう螺旋階段を降りる。最下層に着くと、結界の中に痩せ細った大きな世界樹の姿があった。

 枝には葉が数枚、かろうじてついているような状態だ。風でも吹けば今にも全て落ちてしまうだろう。


「以前より、葉の数が減っているね」


 世界樹を見て、オルフェンが眉間に皺を寄せる。


「魔力で延命措置を続けていても、完全に防げるものではないからね。魔力の供給を止めれば、すぐにでも朽ち果ててしまうだろう。リフィア様、どうか世界樹をお救いください」

「やれるだけの事はやってみます! あの、エレフィス様。直接触れた方が効果が高まるのですが、触れてもかまいませんか?」

「ええ、勿論です」


 世界樹に歩みより、痩せ細った幹にそっと触れる。驚くほど冷たいその表皮に驚くも、それだけ長い期間無理をしてこの国を守ってくれていたのだろう。


(私達の幸せの裏で、世界樹様は独りでずっと傷付いていたのね……辛かったよね、ごめんなさい)


 別邸に隔離されて過ごした孤独な日々を、リフィアは世界樹に重ねてしまっていた。


「ヴィスタリア王国の礎として、多くの人々の幸せを守り続けてくれた事に、心より感謝します」


 世界樹が今まで頑張ってくれたから、幸せを掴む事が出来た。最愛の人に出会わせてくれた深い感謝を込める。


(これからは私が会いに来るわ。だからどうか少しでも、世界樹様の孤独や傷が癒えますように……!)


 そう願いを込めて祈ると、世界樹に生命が漲っていく。痩せ細っていた幹は立派な大木へと変わり、緑の葉っぱが生い茂る。


『また会いに来てね。約束よ』


 さわさわと葉を揺らす世界樹から、声が聞こえた気がした。


「あぁ! 素晴らしい!」


 緑を取り戻した世界樹を前に、エレフィスが興奮気味に叫んだ。


「すごいよ、リフィア!」


 感極まった様子のオルフェンに後ろから抱き締められ、何とか世界樹を救えた事を改めて実感した。

 立派に咲き誇る世界樹を見上げ、ほっと安堵の息が漏れる。


(本当によかった……)


 定期的に祈りを捧げに通う事を約束して、二人はイシス大神殿を後にした。

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