第22話 薄幸令嬢は陛下と謁見する①

 体がふわっと浮いたと思ったら景色が変わる。


「リフィア、大丈夫かい?」


 転移の影響でふらついた体を、オルフェンが咄嗟に腰へ手を回して支えてくれた。


「はい、ありがとうございます。わぁ……ここが王城なのですね!」


 目前に広がる夜空の星々を散りばめたかのようにきらびやかに輝く美しい宮殿に、思わず感嘆の息が漏れる。


「ヴィスタリア王国の中心地、スターライト城だよ。光魔法の使い手である王族は別名、星の使徒と呼ばれているんだ。だから至るところに星をモチーフとした装飾が施されているんだよ」


 美しい景観に感動していると、突如感じる浮遊感に驚き、咄嗟に近くにあるのものにしがみつく。


「急に驚かせてごめんね。転移門に止まっていると危ないから、少し移動するね」


 まるで耳元で囁かれているかのように聞こえてくるオルフェンの声に、体温が急上昇する。ゆっくりと顔をあげて気付く。オルフェンの首元を抱くようにしてしがみついていた事に。


「い、いえ! 私こそ、すみません! それに、その……」


(重たい私を抱えて移動するなんて、オルフェン様のご負担に……!)


「リフィアは羽のように軽いね。やっぱりもっとたくさん食べさせたいな……」


 悩ましげにそうぼやきつつ、オルフェンは魔法陣の描かれた石のステージを降りて歩いていく。そのまま庭園を抜けようとするオルフェンに、リフィアは必死に訴えかける。


「あの、オルフェン様。そろそろ自分で歩けますので……!」


 あら! まぁ! とこちらを興味津々に観察している周囲の視線が恥ずかしくて仕方ない。


「初めは転移酔いしやすいから、遠慮することはないんだよ」

「で、ですが……!」


 それに杖をつかないとおぼつかなかった頃のオルフェンの姿を知っているリフィアにとっては、体に余計な負担をかけている事が心配で仕方なかった。


「大丈夫。魔法で身体は強化してるから、リフィアを抱えて歩くくらいどうってことないよ」

「魔法で身体の強化も出来るのですか!?」

「うん。今までは呪いを抑えるのに魔力を消費していたから使う余裕が無かったけど、完全に解けた今となっては朝飯前だよ」


 完全に呪いが解けてからのオルフェンの魔法の使い方が色々おかしいとは思っていたが、そんな事も出来たのかと改めて驚かされた。

 一歩も動かずにあらゆる物を動かすのは当たり前で、三階のバルコニーから風を操って地上に飛んで降りたりと、驚きの連続で心臓がいくつあっても足りないリフィアだった。


「何なら空でも飛んで行こうか? どうせ陛下の執務室は最上階にあるし」


 そう言ってオルフェンは、スターライト城の最上階を仰ぎ見る。


「え、飛んで行くのですか!?」


 三階建てのクロノス公爵邸より高さのあるスターライト城を見上げ、思わずしがみつく手に再び力が籠る。

 そんなリフィアを見て、オルフェンは「ふふっ、可愛いね」と口元を緩めていた。


(オルフェン様が、色々規格外すぎるわ!)


 オルフェンが風を操って空を飛ぼうとした時、エントランスの方から見知った声が聞こえてきた。


「おやおや、これは中々斬新なエスコートで来たね。空を飛んで行かれると、折角迎えに来た私の苦労が無になってしまうから止めてくれると嬉しいのだけど……」

「上で待ってるから、アスターは歩いてくるといいよ」

「ルーの鬼! 誰でも皆簡単に空を飛べるわけじゃないんだからね!」

「風使いの側近にでも頼めば飛べるでしょ?」

「そんな上級魔術師の側近なんて、普段から側に控えさせてるわけないでしょ!」

「仕方ないな、これでいいんだろ?」


 短くため息をつくと、オルフェンは呪文を唱えてアスターに風魔法を付与させた。


「そうだよ、これこれ!」


 ひゃっはーと楽しそうにアスターは空を飛んでいる。


「それじゃあ、僕達も行こうか。リフィア、僕にしっかり掴まっていてね」

「はい! オルフェン様」


 風の抵抗を極力減らし、オルフェンは魔法をかけてゆっくりと空を飛んだ。


「やはり、空から見る景色は素晴らしいね! フィア、見てごらん」


 最初は必死にしがみついていたリフィアだが、アスターの楽しそうな声に促され恐る恐る目を開く。

 飛び込んできたのは、上空から見える星の装飾が施された美しい庭園や、その先にある活気のある城下町の風景だった。


「すごいです。とても綺麗です。世界はこんなにも、広かったんですね……!」


 初めて見る景色に、リフィアは感動していた。


「どうしよう。そんな笑顔を見せられたら、このまま色んな所に連れて行きたくなっちゃうな……」

「だ、ダメですよオルフェン様! 今日の目的は陛下に謁見する事なんです」

「じゃあ面倒事を終わらせた後ならいいよね。帰りに王都を見学して帰ろう?」

「よろしいのですか?」

「勿論だよ」

「とても楽しみです!」


 最上階の中心にあるバルコニーへ、オルフェンは着地する。壊れ物を扱うように、優しくおろしてくれた。


「父上、開けて~」


 アスターがコンコンと遠慮なくノックすると、書類にペンを走らせていた陛下が手を止めて近付いてくる。


「これ! きちんと中から来んか!」

「いたっ!」


 陛下は容赦なくアスターの頭に拳骨を落とした。


「ご無沙汰しております、陛下。妻のリフィアと共に馳せ参じました」


 オルフェンが挨拶したのに合わせて、リフィアもさっと淑女の礼を取る。


「おお、オルフェン! それにクロノス公爵夫人もよく来てくれた! さぁ二人とも、中でゆっくり話を……」


 陛下に中に入るよう促されて部屋に入ろうとすると、アスターが叫んだ。


「この扱いの差は何なの?!」


 さっきまでにこやかな笑みを浮かべていた陛下の顔が途端に険しくなる。


「どうせお前が久しぶりに空飛びたい! と我が儘言って、オルフェンを困らせたのだろうが!」

「なんて理不尽!」


 アスターが嘆く。陛下の後ろではオルフェンが口元を押さえ、肩を震わせていた。


(オルフェン様、必死に笑いを堪えておられるわ。もしかして、最初からそれが目的で……!?)


「違うよね、フィア! 僕は無実だよね!?」

「空を飛ぶのは怖かっただろう? アスターの我が儘に付き合わせてごめんね、リフィア」


 アスターとオルフェン、さらに陛下の視線までもがこちらに飛んでくる。

 これはどちらの味方をしろと!? 戸惑いながら、リフィアは口を開いた。


「お二人が私に気を遣って美しい景色を見せてくださったのです。だから、その……私のせいです。お騒がせして、誠に申し訳ありませんでした!」

「なるほど……さすがは大聖女の素質を持ったお方だ。夫人はとても優しい方のようじゃな」

「申し訳ありません、陛下。元は私が提案した事で、妻には何の非もありません」


 リフィアを庇うようにオルフェンは背に隠した。


「はっはっはっ! 仲睦まじいようで何よりだ。アスター、お前も二人を見習って早く身を固めたらどうだ?」

「ええっ! 結局私にとばっちりがくるのかい!?」


 なんかやっぱり理不尽だ……とアスターはぼやいていた。

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