第21話 薄幸令嬢は仮面公爵と外出する

 祝宴から一週間後、陛下に謁見するため王都へ行く日を迎えていた。


「ミア、出来れば髪は全て目立たないように結いあげて欲しいのだけど……」


 外出の準備を手伝ってくれているミアに、リフィアは申し訳なさそうに声をかける。


「ええっ! 折角の美しいお髪が勿体ないですよ!?」


 ミアが丁寧にブラッシングしていた手を止めた。


「でもおろしていると、帽子に収まりきらないから……」


 普段屋敷の中では、リフィアは髪をおろしている事が多い。誰もこの白い髪を見て、偏見を持つ者は居ないから。

 しかし外では違う。オルフェンの隣を歩くのに、悪目立ちする白い髪を極力目立たないように隠したかった。


「旦那様が残念がるかもしれませんが……」

「オルフェン様が……?」

「はい。旦那様はリフィア様のお髪を大変気に入っておられまして、完全に結い上げているととても残念そうにされているのですよ」

「そ、そうだったの?!」

「乱れるといけないからと、伸ばしかけた手をさっとしまう旦那様の背中から漂う哀愁感といったら……!」


 確かにオルフェンはよく、リフィアの頭を撫でながら髪を弄んでいる。それは以前話した自分のお願いを叶えるためだと思っていた。


(オルフェン様、私の髪を気に入ってくださっていたのね……)


 ミアの言葉を聞いて、リフィアの心は自然と軽くなっていた。


「ミア、やはり全て結い上げなくてもいいわ。陛下に謁見しても失礼がないように、セットをお願いしても良いかしら?」

「はい、かしこまりました!」


 ミアは慣れた手つきでリフィアを綺麗に飾り付けていく。

 全体を軽く巻いて、サイドからカチューシャのように編み込んだ後、青い薔薇の髪飾りをつける。

 外出用のドレスに着替え、準備が終わった頃、扉をノックする音がして、オルフェンがちょうど迎えに来てくれた。


「とても綺麗だ、リフィア。まるで白百合の妖精が舞い降りたのかと思ったよ」


 そう言って優しく目を細めるオルフェンに、リフィアの白い肌は途端に朱に染まる。


「あ、ありがとうございます! オルフェン様は、また仮面をつけて行かれるのですか?」


 仮面を装着しているオルフェンに、リフィアは首を傾げながら尋ねた。


「アスターに言われたんだよね。大々的に紹介したいから冬の舞踏会まで、外では仮面をつけてて欲しいって」

「そうなのですね……」


(折角呪いも解けたのに不自由ではないのかしら?)


 喉元まで出かけた言葉をリフィア飲み込む。


「大丈夫だよ。むしろ仮面に慣れちゃって、外して出かける方が妙に落ち着かない気もするし。あ、でも……仮面をつけた僕の隣を歩くのは悪目立ちするし、嫌だよね……?!」


 恥ずかしさを誤魔化すように仮面に手を伸ばしたオルフェンは、はっとした様子でリフィアに尋ねてくる。


「オルフェン様のお隣を歩けるのは、私にとってご褒美です!」

「リフィア……ありがとう」


 クロノス公爵夫人として、オルフェンの隣を堂々と歩ける事が、リフィアにはとても誇らしい事だった。

 しかしある事を思い出し、リフィアの顔から笑顔が消えていく。


「それよりむしろ私の方こそ、この髪のせいでオルフェン様にご迷惑をおかけしないかが心配で……やはり帽子を……」


 スタンドに掛けてあるつばの広い帽子を急いで取りに走り、ぎゅっと握りしめる。



 八歳の時に魔力検査を行った神殿で向けられた蔑視の眼差しを、リフィアは思い出していた。見るからに魔力がないのに、検査する必要ないだろうという周囲の貴族の視線。


『これでも被っておけ』


 馬車を降りてすぐ、父にばさっと被せられたブカブカの大きな帽子で頭を隠した。


『私達は魔法具を奉納してくるから、終わったら馬車で待ってなさい』


 神官に案内され、待合室の目立たない隅っこで自分の番が来るのをひたすら待った。


(あの時、お父様もお母様も私の傍に寄り付きもされなかった)


 帰りの馬車に響いたのは、結果の紙を見たお父様の大きなため息と怒声。『立派な子を生めなくてごめんなさい』とすすり泣く、お母様の声だけだった。



「僕は好きだよ。柔らかくてサラサラで、とても良い香りがして、ついつい触りたくなっちゃうんだ」


 オルフェンはリフィアの髪を撫でた後、一筋すくって吸い寄せられるようにキスを落とした。


「……っ!」


 現実に引き戻されたリフィアの目前に、自身のコンプレックスである髪に愛おしそうに触れるオルフェンの姿が飛び込んでくる。

 羞恥に耐えきれなくなったリフィアは、赤くなった顔を隠すべく俯いた。


「ああ! 折角綺麗にセットしてあったのに乱れてしまった、ごめんね!」


 すくった髪を何とか元に戻そうと必死なオルフェンに、ミアが声をかける。


「旦那様、私が直しますのでお任せください」

「ミア、頼んだよ」

「はい! リフィア様、どうぞこちらへ」


 ミアに鏡台の前に座るよう促される。

 オルフェンが一筋すくった事で、おろして巻いてある房が右側だけ増えてしまっていた。さらに焦ったオルフェンが無理に戻そうとこねくり回した事で、余計に房が増えぼわんと膨らんでしまっていた。

 慣れた手つきでミアはささっと髪型を元通りに直してくれた。


「ありがとう、ミア」

「いえいえ! ね、リフィア様! 私が言った通りだったでしょう?」


 リフィアに聞こえるようにだけ、ミアはこっそりと耳打ちした。


「ふふ、確かにそうね。勇気が出たわ、ありがとう」


 ファイトです! とリフィアを鼓舞して、ミアはさっと後ろに控えた。

 リフィアは手に持っていた帽子をスタンドに戻して、オルフェンの元へ向かう。


「オルフェン様、帽子は置いていこうと思います。だから、その……いつでも自由に触れてください」


 周囲の目を気にするより、オルフェンが喜んでくれる方を優先したい。そんな思いを込めたわけだが、大事な言葉が抜けていた事に後から気付く。


(髪をって言い忘れたわ!)


 息を呑んだオルフェンの頬は、途端に赤みを増した。


「あ……えっと、その……っ!」


 恥ずかしくて上手く言葉が出てこない。

 狼狽えているとオルフェンの手がこちらに伸びてきて、優しく頬を撫でる。

 しかしはっとした様子で突然ソファーから立ち上がったオルフェンは、そのままこちらに顔を寄せてくる。


「いいかい、リフィア。今の言葉、決して僕以外の人に言ってはダメだよ? いいね?!」


 心配そうに眉を寄せるオルフェンに、「も、勿論です!」とリフィアは首を縦に振った。


「外には良からぬ事を企む悪者が多いからね。可愛い君が拐われやしないかと、心配なんだ」


 オルフェンは安心したかのようにほっと吐息を漏らした。


「だからリフィア、君に渡しておきたいものがあるんだ。左手を貸してもらえるかい?」

「はい、これでよろしいでしょうか?」


 言われた通りに左手を差し出すと、オルフェンは懐から取り出した指輪を、リフィアの左手の薬指に嵌めた。


「結婚指輪だよ。渡すのが遅れてごめんね」


 繊細な装飾の施されたプラチナで作られた結婚指輪。光に反射してキラキラと光るその指輪の表面には、メレダイヤモンドが全体を覆うように埋め込まれていた。


「どんな危険からも君の身を守れるように、宝石一つ一つに、僕が防御魔法をかけているんだ。最大限の効力を発揮するように魔力を込めていたら時間がかかってしまって、遅くなってしまってごめんね」

「オルフェン様、ありがとうございます。とても嬉しいです!」


 オルフェンの優しい思いが詰まった指輪に、胸が幸せで包まれる。


「それじゃあ、行こうか」

「はい!」


 差し出された手に自身の手を重ねると、オルフェンは転移魔法を唱えた。

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