第19話 幸せは皆で分かち合おう①

「リフィア、本当にすまない。昨晩は君に無理をさせ過ぎてしまった」


 初夜を終えた翌日。寝室のベッドの上でオルフェンは申し訳なさそうに眉をひそめながら、労るように優しくリフィアの腰をさすっていた。


「オルフェン様、どうか謝らないで下さい。たくさん愛してもらえて嬉しかったです! これくらい、何ともありませんから……っ!」


 心配をかけたくなくて起き上がろうとしたリフィアの腰に、筋肉痛の鋭い痛みが走る。


「む、無理をしてはダメだ! 今日は一日安静にしててくれ。僕が看病するから!」


(きっとこれは、日頃の運動不足のせいよね……あれ?)


 心配そうに顔を覗き込んでくるオルフェンを見て、リフィアはとある事に気付いた。そのまま手を伸ばして、オルフェンの前髪を掻き分ける。すると、額に一枚残っていた鱗が無くなっていた。


「オルフェン様、額が綺麗に治っています!」

「本当かい!? 今朝目覚めると、魔力が漲る感じがしてとても体調が良かったんだ」


 額に触れて、オルフェンは呪いが完全に解けていると確信したようだ。


「呪いが解けて、本当によかった……!」

「ありがとう、リフィア。これも全て君のおかげだ!」


 愛おしそうに、オルフェンはリフィアの体を抱き締める。腰に負担がかからないよう配慮して。


 その後、医者を手配しようと仮面を付けずに部屋の外へ出たオルフェンの姿を見て、イレーネも使用人達も呪いが完全に解けた事を知り大喜びした。


 夜は祝宴を開こうと、イレーネが張り切って準備をさせていた。


 すぐに医者のロイドが駆けつけてくれて、処方された薬と栄養剤のおかげで、リフィアの腰の痛みも和らぎ歩けるようになった。


 「主役の二人はゆっくりしていなさい」とイレーネに言われ、リフィアは久しぶりにオルフェンと二人でのんびり過ごした。


 庭園を散歩した後、リフィアとオルフェンはガゼボでティータイムを楽しんでいた。話題は先日の王都で起きた事件の事。


「……それでアスターの馬鹿が、新人魔術師の訓練で『訓練が甘すぎるよ~』って魔獣の数を一桁多く召喚してて、魔術師団の訓練所は地獄絵図と化してたんだ」

「それで帰りが遅かったのですね」

「そうなんだ。結界の中が魔獣だらけで、倒しても倒してもキリがなくておかしいと思ったら、厄介な事に一度に殲滅しないと倒せない術式で召喚されてたんだ。久々に極大魔法を使って、本当にヘトヘトだったよあの日は……」


「はっはっはっ! 誠に良い働きであったぞ、我が親友よ」


 聞き覚えのある声がして振り返ると、そこにはアスターと魔術師団の制服を着た赤髪の男性が一人立っていた。



「誰の許可があって勝手に入ってきた!?」

「それは勿論、星の導きだよ。それに何か皆忙しそうだったから、案内はいいよって配慮してあげたのさ、優しいだろう?」

「オルフェン様、勝手に押し掛けてしまい誠に申し訳ありません! 先日のお礼をしたくて、殿下にご同行させて頂きました」


 悪びれもなく答えるアスターと対照的に、同行した赤髪の男性は礼儀正しく挨拶をする。


「余計な気遣いは無用だと言っただろう」


 くるっと身を翻してリフィアの方に向き直ってオルフェンは、口を開く。


「リフィア、彼は王国魔術師団に所属していた頃の僕の部下ラウルスだ」

「お初にお目にかかります。オルフェン様の後を継ぎ王国魔術師団の団長を務めているラウルス・フレアガーデンと申します。夫人にお会いできて、とても光栄です!」


 ラウルスは右手を胸に当てて右足を後ろに引くと、流れるような所作で腰を曲げて挨拶をした。


「リフィア・クロノスと申します。ご丁寧にありがとうございます。こちらこそ、お会いできて嬉しいです」


(お父様よりも鮮やかな赤い髪をされているわ。きっとエヴァン伯爵家よりも格式の高い家系の方なのね)


 社交界に出たことのないリフィアは、家名を聞いても相手の爵位が分からなかった。


「ラウルスはフレアガーデン侯爵家の三男で、子供の頃から魔術師団に所属していたんだ」

「そうなんです。オルフェン様には昔からとてもお世話になっています!」


 尊敬を込めた眼差しを送るラウルスに、オルフェンは「全く、大袈裟だな……」とこぼす。そんな言葉とは裏腹に、オルフェンの口元は優しく緩められている。


「まぁまぁ、立ち話も何だし私達も同席させておくれよ」

「そして君は相変わらず図々しいな!」


 アスターの言葉にため息をつきつつ、オルフェン様は二人に席に着くよう促した。


 オルフェンはリフィアの隣に座ろうとしたアスターをすかさずはね除け、ラウルスを座らせる。「君はこっちだ」と、アスターを自分の隣に座らせた。


「まぁいいよ。正面からフィアが良く見えるし」


 円卓の四人掛けのテーブルであるため、隣に座らないと必然的に正面になる。オルフェンは「リフィア、こっちにおいで」とギリギリまで彼女の椅子を自身の方へ引き寄せ座らせた。


 そんな光景を見て、ラウルスは目のやり場に困った様子で視線を彷徨わせていた。


「あの、オルフェン様……少し近すぎる気が!」

「僕の隣は嫌……?」


 潤んだ瞳でオルフェンにそう尋ねられ、「そ、そんなことございません!」とリフィアは慌てて否定した。


「ラウル、面白いだろ? あの堅物だったルーがここまで変わるのだよ」

「確かに驚きました。ですがオルフェン様がとても幸せそうで、嬉しいです! それにその国宝級のご尊顔をまた拝見できる日が来るとは……!」


 オルフェンの変化に驚きつつも、ラウルスは二人のそんな光景を若干涙ぐみながら見ていた。


「ラウルス、君は昔から僕をなんだと思っているんだい……」


 若干引いた目で、オルフェンはラウルスを見ていた。

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