第17話 仮面の下に隠された驚愕の真実①

 気がつくと、リフィアはベッドの上に居た。天井の照明は消え、ベッドの脇にあるスタンドライトが優しく辺りを照らしていた。


(あれ、私いつの間に移動したんだろう)


 オルフェンの帰りを待って、ソファーで本を読んでいた。その後の記憶がないと言うことは、そのままソファーで寝てしまったのだろう。


 寝返りをうつと、硬いものにぶつかった。人が居たことに驚き、上げそうになった悲鳴を何とか飲み込む。それが眠っているオルフェンだと気付いたからだ。


(よかった、お帰りになられていたのね)


 オルフェンの無事を確認し、リフィアはほっと胸を撫で下ろす。


(眠る時まで仮面をつけて寝るのは、窮屈じゃないのかしら?)


 オルフェンは、決して人前で仮面を外さない。それはリフィアの前でも一緒で、素顔を見た事は一度もない。


 神聖力はその箇所に触れる方が効果が高まる。


(眠られている今なら、仮面を外して触れるチャンスかもしれない。けれど許可なく勝手に仮面を取った事をオルフェン様が知ったら、きっと傷付くよね)


 仮面に伸ばしかけた手を方向転換して、そっとオルフェンの右頬に触れた。


(腕と一緒にここは治ったのに……)


 しばらくそうしてオルフェンの頬を撫でていたら、遠慮がちに声をかけられた。


「あの、リフィア……その、誘っているのだろうか?」


 まさかオルフェンが起きていたとは思っておらず、慌ててリフィアは手を引っ込めた。


「起こしてしまって申し訳ありません!」

「いや、大丈夫。最初から寝てない、から……」

「ずっと起きてたんですか!?」

「ごめんね、声をかけるタイミングを完全に見失ってしまって……」


 その言葉に、仮面に触れなくてよかったとリフィアは心底安堵した。


「遅くなってすまない。僕を、待っててくれたんでしょう?」


 上体を起こして、オルフェンが言った。


「はい。ですが本を読みながらいつの間にか眠ってしまったようで、面目ないです」

「可愛い君の寝顔が堪能できたから、気にしなくていいんだよ」

「うぅ、オルフェン様意地悪です……」


(変な顔してたらどうしよう!)


 リフィアは恥ずかしくなって、顔面を両手で覆った。


「たとえよだれをたらしてようと、口がポカンと開いてようと、うっすら目蓋が開いてようと、リフィアは可愛いよ」

「具体的すぎて逆に不安にしかならないんですけど!」

「大丈夫、ただのたとえだから」


 思い出したかのようにくすくすと笑うオルフェンに、リフィアは不安にしかならない。


「オルフェン様、その仮面貸して下さい! 私も仮面被って寝ます!」

「こ、これはダメだよ。君に醜いこの顔を見られるのは……」


 焦った様子でオルフェンは仮面に手をやって俯いた。


「オルフェン様、さっき醜い私の寝顔を見たんでしょう?」

「リフィアはどんな顔をしてても可愛いよ」

「私もオルフェン様と一緒です。貴方がどんな顔をしていても、きっと愛おしく感じると思います。それでも、やはり仮面を取るのは不安ですか?」


 無理強いは出来ないけれど、いつかはその仮面を外して欲しい。そんな思いを込めて、リフィアは真っ直ぐにオルフェンを見据えた。


「……僕は、君の言葉を信じる。でも緊張するから、少しだけ心の準備をさせて欲しいな」

「はい、いくらでも待ちます!」


 心を落ち着けるように、オルフェンは胸に手を当てて深呼吸を数回繰り返した。そして恐る恐る仮面に手をかける。それをゆっくりと上にずらして外した。


「……どう、かな?」


 リフィアを捉えて、不安そうにオルフェンの紫色の瞳が揺れている。


(はっ! これは予想外だわ! オルフェン様……こんなに美形な方だったの!?)


 想像とは真逆の儚げな美青年が、潤んだ瞳でこちらを見ている。


 パッと見ると硬鱗化した額に広がる皮膚は確かに少し目を引くが、前髪で隠れてそもそもあまり見えない。


 それ以上に視線が行くのは、顔の造形が整いすぎている美しい顔全体だった。


「やっぱり、醜いよね……ごめんね、汚いものを見せて……」


 オルフェンは顔を隠すように、膝を抱えて埋めた。


「ち、違います! オルフェン様があまりにも想像とは真逆の美しい方だったので、思わず見惚れてしまって……」

「お世辞はいいよ。僕が醜い事は昔から分かっているから」


 呪いを受ける前のオルフェンは、間違いなく美少年であった事は容易に想像がつく。

 それなのに何故ここまで容姿に対して自己評価が低いのか、リフィアには分からなかった。 


「どうして、そう思われているのですか?」


 刺激を与えないように、リフィアは優しく問いかけた。


「昔から女性は、僕を遠目に見てはヒソヒソと陰口をたたくんだ。声をかけると悲鳴を上げて倒れてしまうし」


 この整った容姿に加えて優れた魔法の使い手であり、高い身分を持つ。中々近寄りがたく感じるのも、無理はないだろう。

 遠目に見ては影口……それは美しすぎる容姿のせいで、目の保養と観賞され続けた結果だろう。

 声をかけられて女性が倒れたのは、憧れの人が突然近付いて声をかけてきたからじゃなかろうか。そう結論付けたリフィアは、簡潔に述べた。


「それはきっと、オルフェン様の顔が美しすぎるせいだと思います」


(勘違いしたまま呪いにかかって、自分は醜いって思い込まれてしまっていたのね)


「じゃあ、リフィアは嫌じゃない?」


 膝に顔を埋めたまま、オルフェンはこちらの様子を窺うように見ている。


「嫌なんて事はありません。ただオルフェン様があまりにも格好良すぎて、逆に私が緊張してしまいます。ごめんなさい。どんな顔をされていても受け入れると言っておきながら、仮面を付けてもらっていた方が話しやすいなんて……」


(オルフェン様に物凄く失礼だわ)


 この白い髪を厭う事なく受け入れてくれた。それがどれだけ嬉しかったか、リフィアは今でもよく覚えている。

 見た目で態度を変えるつもりなんてなかったのに……! と悔しい思いでいっぱいだった。


「僕は今、初めてこの顔に生まれて良かったと思えたよ。ありがとう、リフィア」


 嬉しそうに顔を綻ばせるオルフェンの笑顔が、リフィアには眩しすぎた。


(少しずつでも、慣れていかないと!)

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