第11話 トラブルメーカーがやってきた①

 冬の舞踏会に向けて、リフィアはダンスやマナーのレッスンを受けるようになった。イレーネが優秀な講師を呼び寄せてくれて、毎日勉強やダンスの練習に励んで過ごしていた。


 基礎練習に加えて、三日に一回はオルフェンが仕事の合間に一緒に合わせる時間を作ってくれている。


 練習を始めた当初はオルフェンの足を踏んでばかりで申し訳ない気持ちでいっぱいだったリフィアだが、回数を重ねるごとに見違えるように上手くなった。


(オルフェン様の足を、これ以上傷付けるわけにはいかないわ!)


 その強い思いが、功を奏したのだろう。


「リフィア、とても上手になったね」

「ありがとうございます!」


(何とか、人並みには踊れるようになったかしら?)


 一ヶ月も経った頃には、楽しくステップを踏めるくらいには上達していた。

 そうしてオルフェンと一緒にレッスンルームでダンスの練習をしていたら、珍しい来訪者が現れた。


「旦那様、アスター様がお越しになりました」

「体調が悪いと言って帰ってもらえ。僕は今忙しい」


 オルフェンの後ろで、ジョセフが両手を合わせてお祈りポーズで訴えている。そんな様子を見兼ねて、リフィアが声をかけた。


「オルフェン様、ジョセフが困っています。ダンスの練習はいつでも出来ますし、今はアスター様とお会いされた方がよろしいのではございませんか?」

「リフィアとの時間を邪魔されたくないんだ。よりにもよって、アスターなんかに」


(アスター様って誰なんだろう?)


「ルー、親友に向かって酷い言い様ではないか!」


 ジョセフの後ろから高貴なオーラを纏った輝くプラチナブロンドの男性が現れた。不服を申し立てるかのように、ビシッとオルフェンに指差している。


「勝手に入って来るとは、王家ではどんな教育がなされていたのでしょうか、アスター王太子殿下」


 急に現れたアスターに一瞬顔をしかめた後、オルフェンはシラーっとした様子で言った。


(王太子殿下!?)


「嫌だな、ルー。お前と私の仲だろう? そんなつれない事を言わないでおくれよ」


 オルフェンの視線の先にアスターが移動すると、オルフェンは顔ごと視線を逸らす。するとまたアスターが移動してと、それを何度も繰り返され、オルフェンは若干苛立った様子で口を開いた。


「相変わらず、『待て』が出来ないお方ですね」

「待つ時間が勿体ない。どうせお前は今日、私に会う運命だったのだからな。星の導きは嘘つかない」


 辛辣な皮肉をぶつけられても、アスターは怒る事なく、持論を返す。


「ほら、これを見てごらん」


 アスターが右手に魔力を集中させると神々しい本が現れた。表紙に五芒星のマークがある金の装飾が施された本をパラパラとめくり、オルフェンに目的のページを見せる。


「あー痛い。すごく痛い。どこぞのバカ王太子を庇って受けた呪いがすごく痛い」


 仮面の上から額を押さえてオルフェンが突然そんな事を言うものだから、リフィアは慌てていた。


「オルフェン様、大丈夫ですか?」


 青い瞳を潤ませながら心配するリフィアに、オルフェンの良心がズキンと痛む。


「ごめんね、リフィア。今の冗談だから……」

「本当に本当ですか?」

「うん、本当だよ」


 なだめるように優しくよしよしと、オルフェンはリフィアの頭を撫でる。


 そんな二人のやり取りを、アスターは驚いた様子で眺めていた。


「自分で墓穴を掘るとは、実に面白い奴だな!」

「誰のせいだよ、全く……」

「まごうことなく、お前のせいだな」


 オルフェンがジト目でアスターを睨む。


「で、何の用?」

「お前の奥方に会いに来たのさ」


 リフィアに視線を向けたアスターは、にっこりと笑みを浮かべて話かける。


「私はアスター・ヴィスタリア。オルフェンとは古くからの知り合いなんだ。よろしくね」

「お初にお目にかかります、アスター殿下。リフィア・クロノスと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 淑女の礼をとり挨拶するリフィアを、アスターは興味深そうに観察している。


「そんな丁寧に挨拶しなくていいよ、リフィア」

「で、ですが……」

「アスター殿下はものすごく変わっておられるからね。興味を持たれると地の果てまででも追いかけてくるよ。嫌われるくらいでちょうどいい」


 アスターの視界から隠すように、オルフェンはリフィアを自身の腕の中に引き寄せた。


「人聞きが悪いぞ、ルー!」

「人が呪いで苦しんでる所に、『一枚だけその鱗をくれないか? 一枚、一枚でいいんだ!』って言ってくる変人だからね」

「結局お前、一枚もくれなかったじゃないか。ケチ。ちなみに私は、未だに狙っておるぞ!」


 アスターがオルフェンの右腕を掴もうとした瞬間、オルフェンは呪文を唱えた。


「プリズンガード!」


 アスターの頭上に一人用の檻が落ちてくる。檻の中に閉じ込められたアスターは「あぁ、懐かしい!」と何故かとても嬉しそうだった。


(オルフェン様の魔法、初めて見たわ! でもどうして殿下は檻の中に閉じ込められて嬉しそうなのかしら……)


「僕が君を庇ったわけを、よーく考えてから物申してくれないか。うつったらどうするんだよ!」

「呪われた王太子がいてもいいだろう! ルー、お前は庇い損だな!」


 オルフェンは大きなため息をつくと、リフィアに話しかける。


「ね? もうなんか、相手にすると疲れるでしょ? 敬う心、どっか行っちゃうでしょ? なんでこんなのが王太子なのか、疑問しか出てこないでしょ?」

「え、えーっと……」


(同意すると、アスター様に失礼よね。何と答えればいいの……)


「ルー、それは私が優秀だからだよ。お前もよく知っているだろう?」

「本当に、無駄に高い能力を持ったクソガキほどろくなもんじゃない典型例だよね」

「ほめられると照れるじゃないか」

「ほめてない」


 檻の中で明るく笑い飛ばすアスターを見て、オルフェンは軽くため息をつく。

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