第10話 仮面公爵は薄幸令嬢を甘やかしたい
天気の良いとある昼下がり。庭園に設置されたガゼボで、リフィアはオルフェンやイレーネと共にティータイムを楽しんでいた。
そこへとある手紙を携えてジョセフがやってきた。
「旦那様。王家から冬の舞踏会の招待状が届いておりますが、いかがなさいますか?」
受け取った招待状に目を通したオルフェンは、ぐしゃっと手で握り潰して言い放つ。
「こんなもの、欠席でいい」
(王家からの招待状、そんな扱いでいいの!? 舞踏会……行ってみたいな……)
無意識のうちにリフィアの視線はぐしゃっと握り潰された招待状へと注がれていた。そんなリフィアを見て、イレーネが口を開いた。
「あら、折角だからリフィアさんと一緒に参加したらいいじゃない」
「そんな所に参加して、僕の可愛いリフィアに悪い虫がついたらどうするのですか!」
「そんなの、貴方が守ればいいだけよ。ほら、見てみなさい。握り潰された招待状を見て、しょんぼりしているリフィアさんの哀しそうな顔を」
オルフェンがはっとした表情でリフィアに声をかける。
「リフィア、もしかして……行きたかったのかい?」
「い、いえ! 私はダンスを踊れませんし滅相もないです! でもいつか……オルフェン様と一緒に参加できたら、きっと素敵だろうなと……」
オルフェンは隣に座るリフィアの前で跪くと、両手を優しく握りしめて言った。
「行こう、今すぐ行こう! ダンスなんて適当にステップを踏んでれば大丈夫。僕がリードするから!」
右頬から肩、腕にかけて広がっていた硬鱗化が綺麗さっぱり治ったオルフェンは、生活には不自由を感じない程回復していた。
「旦那様、少し冷静になってください」
「フフフ、本当にリフィアさんには弱いのね」
慌てるジョセフとは対照的に、イレーネはにっこりと微笑んでいる。
「彼女は僕の天使ですから! リフィアを連れてきてくれて、僕は初めて母上に心から感謝しました」
「初めてって何よ、初めてって! 普段からもっと感謝しなさい! でも貴方がこうしてまた笑えるようになってくれて、嬉しいわ」
「そうですね。今まで生きてきた中で、今が一番楽しくて幸せです」
「これも全てリフィアさんのおかげね。本当にありがとう」
「お礼を言いたいのはこちらです。オルフェン様とイレーネ様とこうして一緒にティータイムを楽しめて、私も今が一番幸せです!」
ここには誰もリフィアを蔑む者は居ない。皆が笑顔で接してくれる。クロノス公爵家に来て、リフィアは初めてたくさんの人の温かさに触れた。今の生活が、まるで楽園で過ごしているかのように幸せだった。
「ジョセフ、招待状は出席で出しておいて」
「かしこまりました、旦那様」
ぐしゃっとなった招待状の皺を丁寧に取りながら、ジョセフは一礼してその場を離れた。
「冬の舞踏会までは、まだ半年ある。リフィア、僕と一緒にダンスの練習をしよう。そうすればきっと、当日は自信を持って参加できるはずだよ」
「よろしいのですか?」
「勿論だよ。母上、腕の良い仕立屋を呼んでもらえますか?」
「ええ、任せて」
「リフィア、君を会場で一番美しい花にしてみせるからね!」
こうしてやる気に満ちあふれたオルフェンによって、舞踏会の準備は着々と進められた。
イレーネの仕事は早く、翌日にはクロノス公爵家御用達の仕立屋が来た。
「リフィアの美しい白い髪には、何でも似合うね。これは悩ましい。気に入るドレスはあるかい?」
見本として部屋一面にずらりと並べられた華美なドレスの数々に、目がくらくらする。
(部屋一面が眩しいわ……)
「どれも素敵です! オルフェン様。私はセンスに自信がなくて、よかったら私に似合うものを選んで頂けませんか?」
リフィアは社交界に出たことがない。自分で変なドレスを選んで、それが浮いてオルフェンに迷惑をかけてしまったらと不安になっていた。
「ほ、本当に僕が選んでもいいのかい?」
「はい、お願いします」
「任せて! 君に似合う最高の一着を見つけてみせるよ!」
そこからリフィアは、ひたすら着せかえ人形に徹した。
「公爵様、リフィア様のお肌はブルーベース寄りです。鮮やか過ぎる色より、優しいパステルカラーの方が彼女の透明感を引き立ててくれるでしょう」
「そうだね。リフィアは青い瞳をしているから、色味は青系をベースにしよう」
オルフェンと仕立屋は、リフィアを着せかえ人形にして似合うドレスを選んだ。それをもとにさらにデザインをブラッシュアップして、生地を見て色味をリフィアに合うように選んだ。
後日、複数のドレスのデザイン画から一つを選んで作ってもらう事になった。それと対になるようオルフェンの衣装も仕立ててもらうようでとても楽しみだ。
ドレスのデザインが決まったら、今度はアクセサリーや靴に髪飾りと、たくさんの商人を呼び寄せて選んだ。主にオルフェンが。
「あの、オルフェン様。こんなに買って頂いてよろしかったのでしょうか?」
「まだまだ全然足りない! 今度は何が欲しい?」
高価なものをたくさん買ってもらって恐縮するリフィアに、オルフェンは追い討ちをかける。
「お気持ちだけで、十分嬉しいです」
あるものを有効活用して生活するのが当たり前だったリフィアには、何が欲しいかと問われてもすぐに思い付かなかった。
「もう、リフィアは本当に欲がないなぁ……君が望むなら部屋いっぱいにドレスでも宝石でもアクセサリーでも何でも買ってあげるのに。お菓子の家だって、キャットハウスだって、何でも作ってあげたいのに」
お菓子の家とキャットハウスには少し惹かれつつも、慌てて頭を振った。
「君はクロノス公爵夫人になったんだ。お金を使うのも、領地を潤す事に繋がるんだ。絵や音楽が好きなら気に入った芸術家を支援してあげてもいいし、もっと自由にしていいんだよ!」
「で、ですが……」
「お金なら心配しなくていいよ。こう見えても僕、この国で片手の指で数えられるくらいしかいない最高位の魔術師だから!」
(私の望み……本当に言ってもいいのかしら……)
「遠慮する事はないんだよ」と、何か欲しい物を言うまで、オルフェンは折れそうになかった。
「だったら、オルフェン様が欲しいです」
「…………え」
予想外の返答だったのか、オルフェンは思わず目を見張る。言葉の意味を理解したのか、徐々に耳が赤く染まっていく。
「お恥ずかしながら、私は外の世界を本でしか読んだことがありません。だからオルフェン様と一緒に、いつか実際に色々見て回れたら素敵だろうな……と」
図々しいお願いだったかもしれない。不安になって窺うようにリフィアはオルフェンを見上げた。
「僕と過ごす時間が、リフィアの望みなの……?」
「はい! お仕事もあるのに、そんな事を言われても迷惑ですよね……」
オルフェンの体調が良くなった事は、素直に喜ばしい事だ。でもそれに伴い仕事で忙しくなったオルフェンは、リフィアと共に過ごせる時間が以前よりかなり減ってしまっていた。
どんなに高価なドレスや宝石よりも、今まで孤独に過ごしてきたリフィアは人の温もりに飢えていた。プレゼントが嬉しくないわけではないが、それよりも一分でも一秒でも長くオルフェンの傍で過ごせる時間の方が幸せだった。
「迷惑だなんてとんでもない! すごく嬉しいよ! 春には花の名所へ花見にいこう。夏には南国のリゾートへ出掛けても楽しそうだね。秋には植物園で紅葉を見に行こう。冬には美しいオーロラを見せてあげたいな。街で人気の美術館やミュージカル、サーカスを見に行くのもいいかもしれない! 勿論、各地の美味しいものもいっぱい食べようね?」
弾んだ声色から、オルフェンが本当に喜んで提案してくれているのが伝わってくる。
「…………はい! とても楽しみです!」
嬉しそうに顔を綻ばせるリフィアの頭を、オルフェンは愛おしそうによしよしと撫でていた。
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