パージター廃教会

月コーヒー

第1話


「廃墟のさ、パージター教会の事、聞いたことあるか?」


 僕は、首を振った。


「何それ?」

「そう言うのがあるんだってさ。で、今から一緒に行ってくれないか? 兄貴からジムニー貰ったんだろ。たった20キロ先なんだ」


 いきなり電話がかかって来たと思ったら、なんなんだ?


「良いだろ、授業なんて出ないだろ、ずっと暇だろ、どうせ」

「……暇だけどさ、何しにそんなとこ行くんだよ、こんな気持ちの良い朝から」

「幽霊をカメラに収めるんだ」


 僕は笑い声をあげた。


 が、電話の先が沈黙しているので、よっちゃんが本気なのに気づいた。


 笑うのはやめてやるか……。


「……何でそんなもん撮るんだよ」

「動画配信するに決まってんだろ、幽霊スポットにカメラを設置し、その姿を撮るコンセプトのチャンネルだ」


 もう他の誰かがやってんじゃないの。って言いたかったが、やめといた。


 それはもう、織り込み済みだろう。


 そして、今さら反対したところで……だ。


「スマホで撮るのか?」

「専用のカメラももう買ったよ」


 やっぱりな。もう引き返せないところまで来ている。


 生活費もギリギリなのに、よく買うよ。


「わかった、暇つぶしにはなるから行ってやる」


 1時間後、よっちゃんがやって来た。


 僕はスマホでマップを開き、車を走らせる。


 北に20キロ行った山奥に、よっちゃんの言ってるパージター教会はあった。


 県をまたぐ国道から外れ、すれ違う車もいない、舗装もガタガタな山道に僕らは入る。


「結構、山奥だなぁ」


 助手席のよっちゃんが、生い茂る木々の緑を望みながら、つぶやいた。


 僕はハンドルを右に切りながら尋ねる。


「なぁ、パージター教会って、どんな心霊スポットなんだよ……彼女の事よりそれ教えろ……」

「えぇ、しょうがないなぁ。善じいさん知ってるだろ。前に大学で講義してくれた。あの人が教えてくれたんだ」


 僕は、必死に思い出そうとしてみたが、全くの無駄骨だった。


「どんなのかというと、昔、ある僧侶が信仰の証として、パージター教会の怪異を収めようと一晩籠った事があったそうなんだ。それで翌朝、皆が見に行ってみると変わり果てた姿で見つかった。教会の扉には逃げ出そうとして扉をひっかいた跡があってな、僧侶の指の爪は剥がれ、肉も1センチ擦り減ってたそうなんだってさ」

「へぇ……」

「昔から近づいちゃいけないって言われてたそうなんだ。な? おもしろそうだろ」

「怪異って、どんなのが起こってたの」

「善じいさんは、それは知らないってさ。とりあえず怖い噂があるんだ。それで廃れたんだ」


 僕は車を止めた。


 人里離れ、曲がりくねった細い山道を行くので1時間もかかって到着する。


 山中にあったが、森の中のひらけた場所に屋根が見えたので、難なく見つかった。


「着いたぞ……」


 よっちゃんは三脚と、付属の防水ハウジングケースに入った4K高画質撮影のアクションカメラを大事そうに持って、ドアを開ける。


 僕はため息を出した。


「おい、ビクつきすぎだ祐、早く出て来いよ、一緒に行かないつもりか?」

「ビクついてるんじゃないよ……」


 僕らは、森の中を古い礎石にそって歩く。


 誰も来ないんだろう、道は草に覆われていた。


 20段くらいの苔むした階段を上るとひらけた場所に出る。


 奥に、低い石壁囲まれて、草に覆われた廃教会が見あった。


 ああ、春のぽかぽかした日差しの元、こうして自然の中をウォーキングしに来たと思えば、来て良かったかも……。


 半世紀前に建てられたロマネスク様式のパージター教会は、小さいもののなかなか立派なものだった。廃手られた教会なのに、外観がピカピカだった。


 最近まで使われてたのかな?


 それどころか教会は、最近建てられたみたいに綺麗な姿だった。遠くからだが白い壁に汚れひとつない、窓はすべて木で塞がれて、扉にはガッチリ鉄の鎖で施錠してあるのが、ただただ異様に感じた。


「この中入るの?」


 機材を背負ったよっちゃんが、首を振る。


「ここで……良い……」


 なんだ? 言葉に覇気がない。


「まさか、ここに来てビクつきだしたのか?」

「違うよ……気づかないのか……?」


 よっちゃんが顔を上げた。


 そして辺りを見渡す。


「おかしいと思わないか?」

「何を……」


 よっちゃんは、何から気を取られているようだった。


 僕は、辺りを見回した。


 左も右も森だ。


 敷かれた古い礎石が、草地の中をそろそろとパージター教会へと続いている。


 空は快晴。


 ほかには何もない。


「耳を澄ましてみろ……」

「何が……?」


 僕は耳を澄ます。


 ……何も聞こえない……。


「何が聞こえるんだ? 何も聞こえないぞ」


 よっちゃんは、漠然と身振りでいらいらを示した。


「違う。何かが、聞こえてきても良いはずじゃないか。虫や鳥や、何でも良い。音が何もしないんだ。祐は気づかないのか?」


 僕は、言われて注意深く耳を澄ます。


 ……ホントだ。


 僕たちの声以外、何も聞こえてこない。


「これは、なんか……」


 よっちゃんの体が震えだす。


「これは、もしかするともしかするぞ。早速カメラを設置しよう」


 やる気満々で背負っていた機材を下しだした。


 別にあるだろ、何も聞こえてこないことくらい。


 よっちゃんがカメラを設置しだす。


「ここで撮るのか?」

「ああ、ここからなら教会が俯瞰できるしな。まずはここから庭含め全貌を撮ろう」


 僕は、改めて耳を澄ました。


 ……本当に何も聞こえてこない。無音だ……。


 偶然? それとも……これも心霊現象……とでも言うのだろうか……。


   ◇


 翌朝も、さわやかだった。


 ぽかぽか天気の中、僕らは早速、朝から設置したカメラを回収しに行く。


 昨日と同じく、森の中を古い礎石にそって歩き、教会へと向かうと、やはり音がしなかった。


 耳鳴りがするぐらいの静寂の中、よっちゃんは素早くカメラを回収する。


 僕はその横で、ぽけーっと教会を眺めていた。


 何か映ってるのかな……映ってないだろうな……もしかして、何度もここに来るのに付き合わなくちゃならないのか?


「よし、行こう」


 三脚とカメラを肩に担いだよっちゃんが言ってくる。


 車に戻ると、助手席に座ったよっちゃんが動画をチェックをしだした。


「えっここでするの?」

「ここでチェックして、もう一回設置するから待って」


 よっちゃんが、助手席でノートパソコンとともに動画を見だす。


 やっぱ何度も来るのかぁ……。


 まぁ、どうせ何も映ってないのが何回か続けば諦めるだろう……。


 ……でも、何回やるんだろう、これ……。


「……タバコ吸ってくる……」


 僕は外に出た。


 一本吸い終わって快晴の空を仰いだ、丁度その時、よっちゃんが僕を呼んでくる。


 えらく興奮した声だった。


「すごく変なものを撮ったぞ。祐、こっちへ来てよ!」

「変なものって?」

「良いから、見てって。こりゃバズるぞ!」


 なんだろう?


 まさか……。


 よっちゃんが、窓を開け、外にいる僕にパソコン画面を向けた。


 ちょっとドキドキしつつ、腰をかがめ見る。


 停止している画面には、ノイズと共に、快晴の空の下に佇むパージター教会が映っていた。


「ここだ、これ。さぁ見てくれ……」


 よっちゃんが、ノイズを指さし再生させる。


 教会の正面扉にあったノイズと思っていた黒いものは、ノイズではなかった。


 その影は、決まった形というものを欠いていた。


 その輪郭は波打って、揺れている。まるで型板ガラス越しに、物を見ているようだった。


「……おわかりいただけただろうか……」


 よっちゃんが、不気味な声を出して言ってきた。


「……わかるよ……」


 それは、ゆっくりと、動いている……。


 教会の扉から、こっちの方に向かって草の上を這っている。


 そいつは、低い石壁に隠れて見えなくなった。


「早送りしよう……」


 よっちゃんがバーを移動させる。


 と、2時間後、そいつの姿がまた映った。


 形が脈打つように変化しながら、壁をよじ登り始める。


「おいおい、何だこりゃ」


 僕は、興奮して言った。


「ホントに撮れるなんてっ」


 動画はまだまだ続いている。


「10倍速にするぞ、こいつらは遅いんだ」


 動画が早回しになった。


 そいつは1時間かけ石壁を登る。


 とその時、第2の影が現れた。


 そいつは右方から、こいつは動きが早く、石壁に沿うように動いている。


 しかし、空が夕焼け空に変わった頃、1つ目も2つ目もカメラの方に漂ってきた。


 近づいてくるそれは、胴体が膨らんで、腕が異常に細い、黒ずんでもやもやした姿だった。


 それは、蛸みたいにたくさんの腕を生やしつつ、やがて画面に覆いかぶさる。


 はっと息をのんだ。


 動画が止まった。


 よっちゃんが笑い声をあげる。


「ここでカメラが倒された。その衝撃で途切れてしまってる」

「……いったい何なんだ、あれ……」

「もちろん、決まってるじゃないか! ははは、すぐにネットに公開だ! この場所は本物だ、穴場を見つけたぞ!」


   ◇


 あれから1週間が経った。


 公開した動画は、20回再生。


 ……ぜんぜんだった。


「ダメだ。フェイクだと思われてる。もしくは、衝撃度が少ないんだ……」


 電話越しのよっちゃんの声が沈んでいる。


「まぁ、たしかに、黒くてもやもやしたのが漂ってるじゃ……マジ呪でもっとすごいのあるからな。でも……本当なのにな、こっちは……」

「もっとすごいのがいる。すぐにカメラを設置しに行こう!」


 電話越しのよっちゃんの声が燃えだした。


 こうなると、僕も断れない。


 本物の心霊動画だ。なんか僕も燃えてきた。


 僕らは、再びパージター教会に赴く。


 今日もさわやかな朝だったが、風が強かった。


「なぁ、この1週間パージター教会について調べてみたんだ……郷土資料室をあさってたら、ちょっと記録があった。」


 助手席のよっちゃんが言う。


「何て書いてあったんだよ」

「パージター教会は、90年前に建てられた。そして、90年前に捨てられてた」

「え? じゃ何で建てた」


 僕はハンドルを左に切りながら尋ねる。


「その理由が一向にわからないんだ。そもそもここに建てられた理由がわからない。こんな山中に、辺鄙な場所に……」


 よっちゃんは窓から、うっそうと生い茂る木々を見た。


「何とか調べたら、建てた人物の事についての話が出てきた。パージターという、黒いベールで顔を覆っていた牧師がいたそうなんだ」

「ベール?」

「どんな時も、そのベールを外さなかったらしい。顔をどうしても見られたくなかったらしいんだ。周りの人も、絶対に外さないようにしていたらしい。霊験あらたかな聖職者であったらしく、信者から尊敬されていた。そんなパージター牧師のために建てられた教会が完成した、んだけれどその年に、病気にかかって死んでしまったんだ。そしてパージター牧師は、死んだ後もベールを外さないまま埋葬されたんだと」

「あの教会に?」

「さぁ、そこまでわからなかった」


 僕はため息を出した。


 僕は、パージター教会に到着する。もう慣れた道になって、早く着いた。


「おい、ビクつきすぎだ祐、ここに残るか?」


 ニコニコ笑顔のよっちゃんは、デカいリュックを背負いスタスタと車から降りる。


「ビクついてないってば」


 僕は辺りを見回しつつ、よっちゃんの後をついていった。


 風が体に吹き付けてくる。


 僕は、あの黒いのが何時、そこら辺から飛び出して来るのかと、ビクビクだったが、よっちゃんは全然怖がってないようだ。


 耳に吹き付ける風の音がビュンビュンしている。


 ただ、風で揺れている木々のこすれる音がしない。


 なんでだ?


 そんなことありえないだろ。


 教会の見える場所に上がってくると、僕は立ち止まり、辺りを見回す。


「なんだろうな、この音がしないのも」


 前を歩くよっちゃんに言ったが、よっちゃんは無視して進んでいった。


「おーい、無視すんじゃねぇ!」


 よっちゃんは変わらず、進んでいく。


「おい! ……おい?」


 よっちゃんが、僕がいないのに気づいて振り返った。


 そして口をパクパクさせている。


 ……あれ、もしかして?


 僕はゆっくり近づいてみた。


 よっちゃんの声が聞こえるようになったのは3メートルを切ったところぐらいからだった。


 やっぱり、そうだ。


 離れて発生した音だけが、聞こえなくなってるんだ。


 ……だから、何だという話だが……。


 ……ようするに、空気の振動を妨げるなにかがここのあたりに漂っていて、音を聞こえなくさせている……とでもいうのだろうか……。


「……次はどこに設置するんだ?」


 僕は駆け足で近づき、前に設置した場所を通り過ぎて、教会に向かってくよっちゃんに尋ねる。


「中だ」


 とズボンに挟んで持ってきたトンカチを取り出し、僕に見せてきた。


「そんなもの、持ってきてたの……」


 よっちゃんは教会まで続く礎石を踏み、草地の中を歩き出す。


 僕も後をついていった。


 教会は、やはりすごく綺麗だった。


 放置されているとは信じられない。


 白壁には、汚れも朽ちている部分もない。


 ……待った。


 まったく音がしなくなったぞ……というか、風まで……吹かなくなってないか?


「あ、見ろ。ラッキーだ、施錠されてない」


 と、よっちゃんは観音開きの扉を勢いよく開けた。


 ……施錠されてない……?


 そして、ちょっと中に入ったところにカメラを設置し始める。


 前に見た時は、たしか……気のせいか?


 教会の中は、真ん中を通路に、長椅子が左右に10列並んでいて、奥にはデカい十字架が壁に掲げられていた。


 観音開きの扉は、白く塗装された木製の、真ん中ほどに鉄製の取手が付いている。


 虫食いもなければ、塗装が剥げてもない。きれいな姿で残っている。


 ただ、扉の内側にだけ、大量の傷があった。


 ……ひっかき傷……に見える……。


 僕は頭を振り、中へと足を運んでみた。


 扉から漏れる光だけだから、奥の方は良く見えないが、中は廃教会とは思えないほど、どこも綺麗だ。


 椅子を触ってみても、指先に塵ひとつ付かない。


――カシャン


 鋭い、何かが壊れる音がして、素早く真っ暗な教会の奥に目を向ける。


 奥は光が入らず、真っ暗で良く見えない。


――ガタッ


 また音がした。


 何の音だ?


 何かいる……。


 ううっ!


 ……寒い?


 急に、異常な寒さがして体が凍える。


 はーっと、指揮を吐くと、白くなった。


 ……バカな……。


 震えながら、1歩、後ずさった。


 ……やはり、気味が悪い、ここは来ちゃいけないところだ……。


 だいたい遠くの音は聞こえないんじゃ、なかったのか?


 ……。


 ……じゃ、近くで起こってる……。


 ということ、なのか?


――タッタッ


 また音がした。


 ……足音?


――タッタッ


――タッタッタッタッ


 何か、近づいてくる気配がする!?


「うわっ」


 後ろから肩を掴まれた。


「よーし終わった。帰ろう!」


 と、よっちゃんが笑顔で言ってくる。


「……びつくりした……って何あれ?」


 カメラが、扉から教会奥に向かって設置されいた。


 のは良いが、そのカメラの回りを鳥かごが囲われている。カメラの前部分だけがアクリル板になってて撮影の邪魔にならないように改造されている。


 三脚にも、それぞれの足が、教会の柱や長椅子に括りつけられたピンと張ったロープで固定されていた。


「これで、カメラは奴らを撮り続けられる、という事さ」


 よっちゃんが自慢げに言った。


「それであんな大荷物だったのか……」

「そうだ、時間かけ――」

 

――ガンッ!


 大きな音を立て、カメラを囲っていた鳥かごが急に凹んだ。


 よっちゃんが、身を投げ出しうつぶせになる。


「何やってる祐、伏せろ!」

「いったい、何――」

 

――ガンッ!


 鳥かごが、上から何か重い物が落ちたみたいに上部がベコンと凹んだ。


 僕は、急いで身を伏せる。


――ガンッ、ブチッ


 と1本のロープが引きちぎられる。


――ガシャンッ!


 音を立てて鳥かごが吹き飛ばされた。


「早く逃げよう!」


 よっちゃんが、すばやく立ち上がり、カメラに駆け寄る。


 そして素早く三脚からカメラを取ると、外へとダッシュした。


 僕は、ひとり取り残される。


――ガタンッ!


 三脚が吹き飛ばされ、音を立ててひっくり返った。


 僕は立ち上がろうとして、立ち上がれなかった。


 何かがいる……。


 何かが背後にいる……!


「ハッ……あぁ……」


 背後から、気味の悪い感覚がしてきて、おもわず声が漏れる。


「ああああああああ!」


 叫び声をあげ、意を決して僕は立ち上がり、全力で先を行くよっちゃんの後を追いかけた。


 背後にいる感覚はしていたが、後ろは振り返らない。


 絶対に振り返りたくなかった。


 草生す庭を横切り、階段を何段も飛ばして駆け下り、森の道を駆け抜ける。


 よっちゃんは、車のところにすでにいた。


「キー、キーを! 早く開けて!」


 ドアノブを掴みながら、急かしてくる。


「待て待て! うるさいな……。よし!」


 ピッ。


 ドアが開くと、僕とよっちゃんは車に飛び込む。


「ぜぇぜぇ……助かったな。早く出発してくれ……」


 よっちゃんがカメラを掲げて、正面上の教会方面に向けた。


「……ずっと、録画してる、からな……今も、これで映ってる、からな……今回のこれ、ネットで――」


――ガシャンッ


 突如、フロントガラスの上部分に、蜘蛛の巣上のひびが入った。


 ルームミラーがちぎれて車内に転がる。


「わあああぁぁぁぁぁ!」


 僕とよっちゃんは叫び声をあげる。


「出発しろ、早く!」


 よっちゃんの声に我に返り、僕はエンジンをかけアクセルを踏み込む。


 細い山道を下って行った。


「……ぜぇぜぇ……、やばったな……」


 普段運動しないもんだから、ぜぇぜぇ息をして、うなだれてるよっちゃんが呟いた。


「なぁ、もしかして、だけどさ……聞いてくれ……」


 でも、僕は、そんなところではなかった。


 ……。


 ……なんだ、まだ……。


 さっきから……。


 ……。


 ……何かが背後にいる感覚が、相変わらずしてくる。


「さっきから、怨霊はさ……なんかさ、狙ってるのってさ……」

「よっちゃん……おい」

「何? ……ぜぇぜぇ……」

「……何か、後ろにいない、よな? ……なんか、いるような気配が……してさ……」

「あん? 何が? 後ろ?」


 よっちゃんが振り返った。


「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 よっちゃんの悲鳴に、驚いて急ブレーキをかけ停車する。


「なんだよ!」


――ピシッピシッ


 全てのドアと窓が、鋭い音をたて続けに発した。


 次の瞬間、金具がはじける音と共に全てのドアが、バタンと開く。


 全ての窓ガラスが、内側へ爆発したように、破片が雨あられと降りかかった。


 すばやく身をかがめる。


 薄く目を開けると、ダッシュボードが開き中身が宙にプカプカ浮いていた。


 何が起こっているか理解できない内に、ダッシュボードにいれた雑多なものが全部ちぎれ、裂けて、バラバラになって飛び散った。


「ここだ、ここにあるぞ!」


 よっちゃんの声が響く。


 見ると、僕と同じく身をかがめながら、カメラを掲げていた。


 瞬間、カメラが飛び上がり、よっちゃんの手を離れる。


 宙に浮いたカメラはひっくり返り回転しながら、次々に破片を飛び散らせ、壊れていった。


 あっという間にカメラが壊れて跡形もなくなくなると、急に静寂が下りる。


 ……。


 静寂の中、僕らは身をかがめ続けた。


 どれくらい時間が経ったか、やがてよっちゃんが、体を起こした気配がした。


「……さて、これでおしまいらしい」


 よっちゃんが、穏やかな口調でつぶやく。


 僕は、ゆっくり体を起こした。


 なんとなく、危ない雰囲気は、確かになくなっている。


 すぐにドアを閉め、車を走らせ逃げた。


「大体の見当はついてたんだ」


 よっちゃんが自慢げに話し出す。


「たとえば、俺達を襲わなかったところだ。怨霊は最初からカメラしか狙ってなかった。カメラを持ってきた俺らを襲えばよかったのにだ。カメラが狙いだから、差し出せば、収まるかもとおもってね。良かった。怨霊が馬鹿で、へへへ」

「じゃ、もう襲ってこないのか?」

「ははは。現に襲ってきてないじゃないか。ただ、だからと言って、また行こうとは思わないけどな……」


 よっちゃんが、教会の方向を振り向き見る。


「今度は俺達を狙うかもしれないし……」


 僕らは、やっと、車が行きかう道に出た。


 そして人の行きかうにぎやかな街に戻ってくると、僕は、ようやく安堵できた。

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