38話  若君のモテ期

 Mたちは、最果ての地に行こうとしていた。


 空港のエレベーターに乗っている。

 Mは、前向き抱っこで若君を抱えていた。

 


 エレベーターが下から上へ上がる数秒、Mは無になる。

 目的の階より先に機械音と共に、エレベーターのドアが左右にスライドした。

 心の準備なく目の前に現れたのは、客室乗務員の女性4人だった。


 メイクも、たたずまいもキメた女神たち!

 かたや、赤子を抱えている季節労働主婦。本日も化粧、身なり、適当!

 交わるはずの世界線が今、向かい合わせに。

 気まずい空気を覚悟したMに、そそがれたのは。


「ぐ。きゃぁぁぁぁ……」

(そう、聞こえた)


「かわいいいいいいいいい……」

「……いいい」


 彼女らは、まぶしい光を見るかのように、若君を取り巻き。

 触れようとして触れてはいけないと、強弱をつけて身体を波立たせ。


 Mは自分が、女神が、ほめたたえる宝を持っているのだと、そのとき知った。

 疲れ、赤子をかわいいと思う余裕すらなかったMは。


 女神らは、Mより先に目的階に着くと散会していった。

 それからの育児にくじけそうなとき、Mは女神の賛美を心の支えにした。



 そして。


「――これが、君の人生で最高のモテ期じゃった」

 成長した若君に語るのだった。

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