第13話 ティーサロン
伯爵邸がある領内でも最大規模の街に、フレデリックが話していたティーサロンはある。
チェレステカラーと白を基調とし、ロマネスク様式を模した外観をした大きな建物だ。
内装もとても品が良い。
「ここはウチの事業の一つでね。紅茶を仕入れる独自のルートがあるから王都より安価で、種類も多く用意できるんだ。…王宮にも献上しているんだよ」
馬車から降りるミカエラをしっかりエスコートするフレデリックは今日も神々しい。
「女性客がたくさん…人気があるお店なんですね」
「お茶請けも充実させたからね。…2階の個室へ行こう」
フレデリックはミカエラの手を取ったまま、2階へと向かう。
店内の女性客が随分と2人に注目している。2人に、というよりフレデリックの外見だろう。ただ支配人らしき人物が随分と丁寧に接しているのを見てやんごとなき身分であるのを察し、話しかける無謀な客はいなかった。
「…茶殻はどうしています?」
個室に案内されてからミカエラが問う。…個室と言わず、2階は全て貸し切りのようだ。2人以外の客はいない。
「捨てているよ。肥料になるかと思ったのだが、返って生育が悪くなり野菜が小さくなってしまったから」
「ああ、窒素不足ですね」
「チッソ?」
「使用済みの茶葉をそのまま土に混ぜてしまうと茶葉が分解される際に野菜に必要な養分を使ってしまうのだそうです。腐葉土などに混ぜて分解させてから使えば野菜は小さくならないですよ」
「そうなのか。無駄が無いんだな…助かるよ、ミカエラ」
茶殻で肥料を作って安価で売る…無駄が出ない上にもう一儲け出来そうだ。
「菓子や化粧品も作れるそうです。後で分かる範囲でお教えします」
そこにティーコジーを被せたポットと温められたカップ、焼き菓子が運ばれてくる。
焼き菓子に目を輝かせるミカエラを見て目を細める。
「お礼のつもりで連れてきたのに、色々助けられてしまったね」
「衣食住を面倒見てもらっています。私の方が礼をすべきです」
「君の後見は王から父への勅命で、父はそれに従うことで名声を得たいだけだから気負う必要はないよ。父には得になることだからね。ミカエラが健やかに過ごすために手を貸すのはこの国にとって”当たり前”のことなんだ」
焼き菓子が乗った皿が目の前に差し出される。
「…いただきます」
「お菓子は好き?」
「村にいた時はこんなに甘いものはなかったから驚きました。好きなんだと思います」
菓子が好きと言うより今まで味わったことが無かった砂糖の味に感激したということか。
フレデリックは紅茶をカップに注ぎながら小動物のようにマドレーヌを食べるミカエラを見つめた。
フレデリックにとって今まで女性は勝手に寄って来るものだったから、淡々と会話を返す…自分に無反応なミカエラに対し攻めあぐねていた。
甘いものは好きなようだが、それほど関心が高いわけではない。装飾品やドレスもさほど興味を示さない。花を贈るのが良いのだろうか? 観劇に連れていく? ボードに乗せて川遊びをしようか?
「…ミカエラは何か私にしてほしいことある?」
「
ミカエラのカップにはミルクを注いでから紅茶を注いでやる。ゴールデンリングは見えなくなってしまうが、ミカエラはミルクティーを好む。
「今のまま優しくご健勝であってほしいです」
「それじゃお礼にならないよ」
「健康であることは宝です」
そう言えばミカエラは母を病気で喪ったのだった。身近な人を亡くすのを恐れているのか。
少し苦し気に顔を歪めるミカエラの頬に触れる。
「分かった。ミカエラが望むなら病気をしないよう気を付けるよ」
その言葉にミカエラはフレデリックを見る。
真偽を窺うように、すがるように。ほんのり潤んだ瞳で。真直ぐにフレデリックを捕える。
―ああ、こんな表情を見せられては敵わない。
病気に伏せることが無いようにしなくては…。
「それから…今日のように時々一緒にお出掛け出来たら嬉しいです」
小さな声で呟かれたそれに、フレデリックの全身の血が歓喜に沸き立つのを感じた。
”顔”や”身分”ではなくフレデリック自身と向き合って交流しようとする姿勢に、言霊でもないのに心が激しく揺さぶられる。
「うん…また出掛けよう」
貴族としての仮面はなんとか剝がれずに同意を伝えることが出来た。
素朴な顔立ちの少女なのに、心臓を鷲掴みにされたように心がざわめくのは何故だろう…?
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