第14話 ホリン

先触れもなく赤い巻き毛の少女が伯爵邸にやってきた。


「フレデリックさまぁー! ローヴァンさまぁー! お久しぶりですぅー!」


少し上等な服は着ているが大声を出すあたり、淑女では無さそうだ。


「月義兄様、お客様のようですよ」

「…今は剣術の授業中だから、このまま裏庭でミカエラに教えるよ」


ローヴァンは嘆息し、彼女の声に背を向ける。

入り口では執事と押し問答をしているようだ。兄は隣町へ視察に、弟は予約ある客の相手をしていると言っている。先触れもない貴女の相手は出来ない、と。


「近くの郷士の娘でホリンって名前なんだが…」


ローヴァンが上腕の位置を直しながら声を潜めて話す。

 幼い頃父の視察についていき、寄った郷士の家の娘・ホリンと数時間だけ遊んだ。

ホリンは2人の顔に惚れこみ、周囲の人には『一緒に遊んだ自分は特別な存在で、やがて結婚するのだ』と言いふらしたのだ。

郷士は子供のいうことだし、もしかしたらそういうことも…と甘やかし、ホリンの妄言や迷惑行為をたしなめなかった。

結果伯爵邸に押し掛けるようになり、さすがにマクレガー伯爵は郷士に厳重注意を呼び掛けたが、既に郷士の注意に耳を傾けられないモンスターに育ってしまっていた。


「今度ウチに押し掛けたら辺境伯領の修道院に送るって話だったはずけど…あ」


父親らしい赤毛の中年男性が走ってやってきて、執事に頭を下げ、娘を引きずっていく。


「…話が通じない方だと分かり合えないですね」

「あの調子じゃまた明日も来るかもなぁ…ん? ミカエラがいるじゃないか」

「私…?」

「ミカエラを婚約者ということにすればいいと思わない?」

「え…思いませんけど」


ミカエラは取り合わない。


「ランシア家は珍しく結婚は自由なんだけど、郷士の娘との婚姻は領内の不平等を生むからさすがに”無い”んだよね。…フリだけで良いのだけど…僕と兄上を助けてくれないかな?」


兄弟の外見による苦労、その地位故のしがらみ…そして衣食住の世話になっているということがミカエラの良心にのしかかる。

ローヴァンの方は全く進展しそうにないミカエラの態度から、多少強引に関係を進めるのが良いかもしれないと考えていた。


「フリって何をするんですか?」

「特に何も? ミカエラの何事にも動じないそのポーカーフェイスは貴族に必要なものであってホリンにはないもの。ミカエラはそのままでホリンに格の差を見せることが出来る」

どちらの義兄様の婚約者役なんですか?」

「…とりあえず両方のでいいんじゃないかな?」

そんなことってあります?」


マクレガー伯爵とフレデリックの帰宅後ローヴァンは事情を話し、簡単に体裁を整えた。


「また来たのか、あの娘…。そろそろ無礼打ちにした方がよいな」


郷士とは古い付き合いで懇意にしているから多少は目を瞑っていたものの、適齢期になってから行動がエスカレートしていたため、目こぼしはもはや難しい。


「ひとまず父上の雲雀か雀を使って婚約の噂からさえずってもらえませんか?」

「手配しよう。噂が真となるよう、ちょっと3人で人の多い所を練り歩いてきなさい」

「「分かりました」」

「アネッサには明日のミカエラに2人の色を身に着けるよう言っておくか…。このまま2人の妻にしてしまえたらいいな。万々歳だ」

「私は妻にする女性を他の誰かと共有する趣味はありませんよ」

「僕もです」

「え、そうなのかい? 良い案だと思ったのに…」

「父上だって母上にもう一人夫がいたら嫌でしょう?」

「まぁそうだが…。ただミカエラの場合は何としても囲い込みたいからなぁ」

「でも政略は不可だと仰ったのは父上ですよ」


マクレガー伯爵は少々納得できないようだが、自分の例えが出たので引き下がった。

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