裏ビデオ編(三十七)

 クリスが珍しく、悲痛な顔で教室に来た。

「なんだ? 食いもんにでも当たったか?」

 そんな事はないと知っちゃあいるが、軽くジョークでも言えば、クリスも元気になるかと思って言ってみた。

 しかし、今日はどえらくノリが悪くて、キツイ返しも何も来やしねえ。

「ん? 熱でもあんのか?」

 俺は、クリスの額に、自分のひたいをつけてみた。

 すると、文句でも言って来るかと思ったら、よく分からねえが、クリスが抱きついて来やがった!

 なんだ?

 これは前みてえに夢っていうオチじゃねえよな?

「先生どうしよう」

 クリスが、俺の腹あたりに顔を埋めて、もそもそ言ってやがる。

「本気で落ち込んでんのか? どうしたんだよ」

 俺が聞いても、クリスは頭をり付けるだけで、何も言いやがらねえ。

 あんまり可愛いもんだから、俺がそのまま押し倒そうとすると、やっとクリスが反応した。

「今、そんな気分じゃない」

「気分なんて関係ねえんだよ。今は授業なんだから俺が法律だ!」

 それでも、クリスが心配じゃああるから、一言付け足してやる事にした。

「何があったか言わねえと、このまま犯っちまうぞ」

 俺が言うと、クリスは少し考えてから、俺の端末をいじり始めた。

 だが、何度も言うが、俺の端末はちゃんとロックがかかってる。

 なんでコイツはいつも簡単に起動させてんだよ!

「ちょっと、嫌なもの見つけて……」

 クリスが珍しく歯切れの悪い感じで言って来る。

「なんだ? なんかネットで拾って来たのか」

 こいつはよく、ネットでとんでもねえもんを拾って来やがるからな。

 しかし、クリスがダメージを受ける拾いもんが、イマイチ想像つかねえ。

 あれだ。

 凹んだふりしてからの攻撃もあるから、油断だけはしねえようにしとかねえとな。


「これなんだけど」

 俺があれこれ考えてる間に、嫌なものを見せる準備が出来たらしい。

 しかし、クリスは自分じゃあ画面を見ねえようにして、俺に端末を向ける。

「おいおいおい」

 見せられたのは、小せえクリスがアクロバティックな体勢で致してる映像だ。

 俺でもこんな体位でやった事ねえぞ!

 コイツどこの果報者だ?

「ネットで見つけたんだけど、どうしていいか分からなくて」

 今度この体位でやらせろとか言ってみてえが、流石さすがにそんな雰囲気じゃねえ。

「これは、いつ頃のだ?」

「まだここに来る前。僕が六歳の頃……」

「じゃあ、店にいた時か?」

「うん」

 コイツは、ここに来る前は、店で体売っていたらしいからな。

 その時の映像なんだろうが、めちゃくちゃよく撮れてやがる。

 相手が俺じゃねえのが腹立たしいが、最高のオカズ映像だ。

 しかし、まあ、それは俺の腹の中におさめといて、クリスの地雷を踏まねえように答える事にする。

 コイツ、ホント地雷多いからな。

「で、これがどうした?」

 俺の股間が反応してるが、クリスにバレていねえみてえだし、これは内緒だ。

 クリスは、画面を見ねえように後ろを向いたまま、小せえ声で言って来る。

「この世から消し去りたい」

「ああ。まあ、黒歴史だよな」

 なんで今頃出て来たのか知らねえが、ネットで出回ってるもんを全部消し去るのは無理なんじゃねえか?

「ネットに出回ってる分はウイルス仕掛けといたんだけど、もうダウンロードされたのがどうしようもなくて……」

 なんか、こいつサラリとすげえこと言ったな。

 凹んでても、やる事はきっちりやってやがる。

 しかし、クリスでも消しきれない分もあるのか。

 そうなりゃ、もう打つては一つだろ。

「俺にはサイバーポリスに頼むくらいしか思いつかねえが」

「やっぱりそうだよね」

 俺で考えつくような事は、当然クリスも考えてやがった。

 しかし、そう思ってんなら、実行すればいいだけだ。

 児童ポルノ法で引っかかるだろうし、上手くいけばダウンロードした奴も捕まって、映像は可能な限り消去されるだろう。

 俺には、それで何でクリスが悩んでるのか分からねえ。


「何か問題でもあるのか?」

 俺が尋ねると、クリスがどえらく言いにくそうに口を開いた。

「実は……」

「実は?」

「この映像……」

「うん?」

「確認するのに……」

「おう」

「ダウンロード……」

 そこで、俺は気付いた!

「お前また俺の個人情報使って落としやがったな!」

 コイツは、いつもそれで十八禁のブツを手に入れてやがるからな!

「て事はあれか? いつものごとく代金は会社端末の通信費合算か?」

「うん。だから、どうしようかと思って」

「待てよ! 通報したら、俺も捕まるじゃねえか!」

「だから困ってるんだよ」

 そりゃあ困るよな。

 だが俺も困るんだよ!

「とりあえず、俺がダウンロードした証拠を消さなきゃいけねえんだよな?」

「うん。それが出来ないから困ってて」

「お前、自分で出来ねえのかよ?」

「サイトの購入履歴は消せたんだ。でも、通信会社の支払い履歴が消せなくて」

 クリスにも限界があるって言う事か?

 でも、それを聞いて、クリスが俺に何をさせたいかは分かった。


「俺の人脈使って、痕跡こんせきを消せって事だな。で、その後、通報すると」

「うん。出来る?」

 クリスがすがるような眼差しで聞いて来やがる。

 可愛いクリスに、こんな目をされちゃあ断れねえ。

 それに、痕跡を消すのも十分犯罪だが、俺が社会的に抹殺されるよりはよっぽどマシだ。

 なら、選択肢なんざひとつしかねえ。

「まあ、心当たりがねえ訳でもねえから、連絡取ってやるよ」

「良かった」

 クリスがやっと普通の顔になった。

 頼られるのも悪くねえな。

 後は、この映像を俺がどうやって保存したままにするかだが……。

 俺がよこしまな事を考えていると、クリスが嬉しそうに俺に抱きついて来やがった。

「先生ありがとう」

「まあ、いいって事よ」

 クリスに言いてえ事はいっぱいあるし、データも消したくねえが、仕方ねえから何も言わずにデータを消しといてやるか。

 それに、いくらクリスの映像が見れるって言っても、相手が俺じゃねえのはしゃくだしな。

 俺は、クリスの前で映像データを消去してやった。

「ありがとう」

 健気なクリスとか、珍しいもんが見れたぜ。

 まあ、落ち着いちゃあいるみてえだが、どうせまた落ち込むのは分かりきってる。

 なら、答えはひとつだ。

「俺の部屋に泊まってくか?」

「うん」

 そして、俺はこのままクリスをお持ち帰りする事にした。

 アクロバティックなプレイをしてみてえところだが、仕方ねえから、クリスが元気になる時まで取っておくとするか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る