戸籍編(三十五)

「先生の戸籍ってどうなってるの?」

 俺がクリスの体をまさぐっていたら、なんか言い出した。

 こいつの質問はいつもろくでもねえから、どうしたって身構えちまう。

「あるが、それがどうしたんだ?」

「僕はない」

 クリスが不服そうに言った。


 クリスはこの代理業社のあるE国ではなく、C国の出身だ。

 そこの貧しい島に住んでいたらしいとは聞いている。

 その島は、一年くらい前に代理業社が爆破した。

 その時に、馬鹿な社員が仕事を見られた挙句、目撃者のクリスを拾って帰って来たらしい。

 随分ずいぶんとめでたい社員がいたもんだ。

 まあ、それでクリスと出逢えたと思えば、そいつに感謝しねえでもねえがな。

 そんな訳で、クリスは爆破された島の生き残りだ。

 誰も生きてるなんざ思いもしねえだろうし、どうせ戸籍上じゃあ死亡扱いだろう。

 俺は一回死んだ事になってるから、会社に戸籍を偽造して貰ってる。

 クリスも別に作って貰えねえ事はねえと思うんだがな。


「作って貰わなかったのか?」

「作ってくれなかった」

 俺との待遇の違いが不満らしい。

「先生も戸籍ないと思っていたのに、裏切られた」

 なんに裏切られたのかよく分からねえが、少なくとも俺の所為せいじゃねえ。

「そんなもん、俺の知ったこっちゃねえよ」

 俺はかまわずクリスの体をめ回す。

「欲しかったら、社長にでも言ってみろよ」

「先生、そこダメ!」

 授業だっていうのに、苦情を言って来やがった。

「あんまりうるせえと、乱暴にするぞ!」

 最近は優しく抱いているんだ。

 それに、今は拷問の授業中なんだから、拒否する権利なんかある訳がねえ。

「言ったよ」

 急に言われてびっくりしたが、ちょっと前の質問の答えか。

「で? ダメだって言われたのか?」

 俺はそう言いながら、クリスを犯す。

「必要ないって」

「なんでだよ」

 俺はかまわず腰を動かす。

 いつもは反応するクリスの動きが小せえ。

「手え抜くな」

 ケツを引っぱたくと、不満そうにしながらも反応し始めた。

「で、なんで作って貰えねえんだ?」

「外に出る事がないから、いらないんだって」

「へえ」

 俺には全く関係のねえ話だし興味もねえが、作って貰えねえってのも妙な話だな。

 だが、社長じゃねえが、戸籍なんて別にいらねえだろ。

「お前も、なんでそんなもん欲しいんだよ」

「人間の証明……みたいな?」

 クリスは少し考えてから、吐息混じりに言った。

 声も仕草も堪らなくそそられる。

 しかし、人間の証明ってなんだ?

 別にこいつはアンドロイドとか化物とか、そういう訳じゃねえんだから、わざわざ証明なんて必要ねえだろ。

 いや、待てよ。

 こいつ頭よすぎるから、もしかしてもしかするのか?

「お前、実はアンドロイドだったのか?」

「ふざけないで!」

 俺はクリスが膝蹴りして来たのをホールドした。

 本当にこいつは油断も隙もねえな。

「じゃあ、なんで人間の証明がいるんだ?」

「生きている証、みたいな?」

 意味が分からねえ。

「そんなもん、俺が体に刻んでやってるじゃねえか」

 三食食ってヤッてりゃあ生きてる証明になんだろ。

「これが証明?」

 クリスがぼんやりした顔をしてやがる。

「先生?」

「どうした?」

 俺が尋ねると、クリスがこっちに手を伸ばして来たから、手を取って握っといた。

「生きていてもいいのかな?」

 なんだ?

 落ち込みモード全開か?

「そんなもん許可なんて必要ねえだろ。なにも考えずに死ぬまで生きてりゃいいんだよ」

 クリスがまだなんか考えてやがる。

 俺はそんな証明なんて考えた事もねえよ。

「殺人犯の俺だって生きてるんだ。難しく考えるんじゃねえよ」

 俺は行為を終えると、クリスをそっと抱きしめた。

「先生は僕を必要としてくれる?」

「当たり前だろ。必要ねえ相手に告白したりするかよ」

 また、これはなんの罰ゲームだよ。

 俺はもう振られてんだろ。

 こんなもん何度も言わせるんじゃねえよ。

「よかった」

 そう言って、クリスがしがみついて来た。


「そんなに考え込むくらい欲しいもんなら、もう一回聞いてみろよ」

「いい。もう必要ない。先生の中に、僕を刻み込んどいて」

 可愛いな、おい。

「分かったよ」

 もう十分刻み込まれてるが、クリスが納得出来るように、終業のベルが鳴るまで抱いとく事にした。

「意味分からねえ事で悩んでんじゃねえぞ」

 俺はぼんやりと、こいつが誰かれかまわず抱かれる理由が分かった気がした。


「今日は泊まってけ」

「うん。ありがとう」

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