誘拐編(三十二)

 クリスは甘いもんが大好物だからな。

 餌で釣って部屋に呼ぶ事にした。

「授業の前に、パフェを買っておいたんだが、この後泊まってくか?」

「泊まる!」

 おいおい。

 えらく簡単に釣れたな。

 クリスの事だから、なんか天邪鬼あまのじゃくな発言をするんじゃねえかと思っていたんだが。

 そんなにデザートに飢えていたのか?

 まあ、俺としちゃ願ったりなんだがな。


 だが、俺がクリスにパフェを渡してやると、なんかごねだした。

「嘘つき!」

「なにがだ?」

「僕が知っているパフェはこんなんじゃない!」

 どういう奴を想像してたのか知らねえが、さすがに飲食店で食うような奴は売ってねえだろ。

「まあ、その辺のスーパーで買って来た奴だからな」

「この誘拐犯め!」

「なんでそうなった?」

「僕を騙して部屋に連れ込んだんだから、誘拐じゃないか!」

 またすげえ理論を展開して来たな。

「これも『パフェ』って書いてあるからパフェなんだよ」

「本当だ」

 俺がラベルを見せてやったら、クリスが悔しそうに歯を噛み締めた。

「商品名に偽りありだね」

 クリスはそう言うと、俺の端末を操作し始めた。

 俺はその画面を見てギョッとした!

「クリスやめろ! 販売会社は悪くねえ!」

 俺の所為せいで会社を潰されたら堪らねえ。

 それに、こんなもんただの八つ当たりだろ。

「分かった」

 珍しく素直に言う事を聞いたと胸をなでおろしたが、それで終わっちゃあくれなかった。

「じゃあ、製造会社が悪いんだね」

「それも悪くねえ!」

 俺は慌てて、クリスの手から端末とパフェをもぎ取った。


 少しクリスが落ち着いて、まがいもんでも食べたいとか言い出したから、ビクビクしながらパフェを渡してやった。

 こいつ、もう何もしでかさねえよな?

 しかし、案外大人しく受け取って、スプーンでつっつき始めた。

「大人は汚い……」

 この世の誰より汚い奴がなんか言ってやがる。

「屈辱だ」

「なにがだ?」

「美味しい……」

 屈辱の意味が分からねえ。

「名前を偽らないで売るなら、僕はこのデザートを認めるのに」

 美味しかったんだろうな。

 文句言いながらも、むしゃむしゃ食ってやがる。

「なんだ? 美味いのか?」

 俺がニヤニヤしながら言うと、クリスは不満そうな顔でうなずいた。

「だけど、パフェはこんな味じゃないはずだ」

 前々から知っちゃあいるが、本当に執拗いなこいつ。

「で? パフェってどんな味なんだよ」

 俺が聞くと、クリスは顔もあげずに答えた。

「知らない」

「知らねえだと?」

「だって、食べた事ないもん」

 ああ、そう言やそんな事、言ってたよな。

「美味しいんなら、これがパフェでいいじゃねえか」

 クリスはいやいやと首を振った。

「ダメ!」

 クリスは、俺の手から端末を奪い取ると、口にスプーンをくわえたままで操作し始めた。

 なんか今日はえらく可愛い仕草するじゃねえか。

 このまま押し倒してえが、どっか潰されてもヤバイ。

 止めた方がいいのか?

 だが待てよ?

 押し倒したら、阻止出来る上に俺も美味しい思いが出来るじゃねえか!

 俺が実行に移そうとしていたら、クリスがいきなり背中をバンバン叩いて来た。

「見て! これがパフェ!」

 クリスは画面を指さして、不満そうな顔で俺を見て来やがる。

 それから、食べ終わったカップの縁をスプーンでカチカチ叩き始めた。

「なんでこれをパフェだと偽ったの?」

「俺は偽ってねえよ!」

「じゃあ製造会社?」

「それも違う!」

「じゃあ、スーパーだ!」

 このまま放っておくと、こいつ何処かを潰しにかかりかねねえ。


「ああ、もう俺が誘拐犯でかまわねえよ」

 すると、クリスが満面の笑みを浮かべた。

「じゃあ、社長に脅迫の電話をして、身代金として僕に本物のパフェを食べさせるよう要求してよ!」

 なんだ、その謎な身代金は!

 色々ツッコミどころはあるが、そんな事はどうでもいい。

 俺が言いたいのはただ一つだ。


「俺を本物の誘拐犯にするんじゃねえ!」

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