見舞編(三十一)

 俺は疲れが溜まっていたのか、熱を出してぶっ倒れちまった。

 前に熱を出したのがいつか、思い出せねえくらいに久々の高熱だ。

 別に授業ぐらい出来たんだが、なんかの悪い病気で、クリスにうつしてもいけねえから休講にした。

 検査の結果は明日には出るらしいから、異常がなければすぐに授業を再開出来る。

 たぶん異常はねえと思うから、今日一日の辛抱だ。

 医務室で貰った薬を飲んで、少しでも早く良くなるようにと、大人しく布団にくるまって寝とく事にした。


 なかなか寝付けなかったのが、やっと眠りに落ちそうだって時に、部屋のインターホンがけたたましく鳴った。

 出なくても分かる。

 こんな事をするのはクリスしかいねえ。

「うるせえぞ!」

 俺はインターホン越しに怒鳴りつける。

「今日は休講だって伝えてあるだろ!」

『先生、仮病はダメだよ』

 クリスが人差し指をカメラに突きつける。

「うっせえなあ。病気をうつすといけねえから今日は休講だ。帰れ」

 俺がそう言って通話を切ると、またピンポン連打しやがった。

 こいつ寝かせねえ気か?

「うるせえって言ってんだろ!」

 俺がたまらず扉を開けると、クリスが持ってたカバンを上にあげた。

「じゃーん。お見舞い」

「病気がうつるといけねえから帰れ!」

 俺が言ってもクリスは意に介さず部屋にズカズカと入って来やがった。

「先生、仮病はダメだよ!」

 こんな調子の悪い時に、クリスからの差し入れなんて勘弁して欲しい。

 俺の脳裏に、クッキーという名の「殺人甘味兵器」が浮かぶ。

「なにやっても死ななそうな先生が、風邪で倒れるなんて、まさに鬼の霍乱かくらんだね」

 俺が呆気あっけに取られて口が聞けねえでいるうちに、勝手知ったる他人の家とばかりにやりたい放題だ。

 カバンをテーブルに置くと、生体認証付だった筈の俺の端末を勝手にたちあげて、中から取り出したチップを差し込む。

 カバンの大きさに比べてえらく小さいと思っていたら、後から壁に投影する為のプロジェクタが出て来た。

「なんだ?」

 嫌な予感しかしねえ。

「先生と一緒に見ようと思って」

 明るい顔でクリスが言うが、そんなもんは言われなくても分かってる。

「なにを見ようとしてるんだって聞いてんだよ」

「え?」

 クリスは聞かなくても分かるだろって顔をする。

 嫌な予感がするが、言って貰わねえと俺には分からねえ。

「え、じゃねえんだよ。内容を言え」

「ネットで拾って来た」

「だからなにをだよ?」

「先生の好きそうなもの」

 クリスが満面の笑みで答えるが、これ程怖いもんはねえ。

 止めるべきだろうが、好奇心の方が勝っちまった。

「見せてみろよ」

 俺が言うと、クリスの顔がさらに明るくなる。

 怖い。

 もう、それ以上の感想が思い浮かばねえ。


 クリスは準備をすませると、部屋の明かりを消した。

「流すよ」

 そう言ってクリスが再生してしばらくすると、ガキの裸の絵が映し出された。

「待てクリス!」

 クリスと同じくらいの歳の男のガキが、あんあん言ってるアニメーションだ。

「違法な上に、俺は小児性愛者じゃねえ!」

「え?」

 クリスが意外そうな顔をする。

「ちゃんと修正入ってるから合法だよ?」

 俺が言ってんのはそんな事じゃねえ!

「そもそも、こんなんどっから引っ張って来るんだよ」

 俺が言ってる間も、ガキがあんあん言ってやがる。

「ネット」

 どこまでも人を馬鹿にした返事をしやがる。

「それはさっき聞いたんだよ!」

 俺はクリスから端末を奪うと、アニメを強制終了して電気をつけた。

「ここからが、いいところなのに!」

 先の内容を言い出しかねねえクリスを羽交はがめにしてから、挿してあったチップのデータを消去して、物理的に抹殺した。

「あー! 高かったのに!」

「こんなん買ったのか? つうか、また十八禁だろ!」

 そう言ってから、過去の記憶がフラッシュバックする。

「まさか……。お前……また……」

「うん。先生の個人データを使って購入した」

 にっこり笑ってやがるが、可愛い顔しても許されると思うなよ!

「支払いはどうしたんだよ?」

「通信費合算」

 前回聞いてなかったが、まさかあれもか?

 俺の通信費は、会社用端末だから明細は会社にダダれだ。

「俺を社会的に抹殺する気か?」

 俺はベッドに倒れ込んだ。

 やべえ。

 リアルに熱が上がって来た気がする。

「先生。寝とかないと、体調良くならないよ?」

 クリスが俺の背中に布団をかけて来たが、俺にはもはや言い返す気力もねえ。

「もう、帰ってくれ」

 俺はクリスに懇願した。


「じゃあ、これ」

 クリスはそう言ってカバンからなにかを取り出すと、テーブルに置いた。

「なんだ?」

 俺が振り向くと、テーブルにうさぎさんリンゴが置かれていた。

「今日の昼食に珍しくデザートがついてたんだ」

 クリスは俺の顔とリンゴを交互に見比べる。

「リンゴは解熱作用があるんだよ?」

 クリスはリンゴだけ置いて、持って来た荷物を片付けはじめた。

「しっかり食べて、元気になってね」

 それだけ言うと、クリスは扉の方に歩いて行った。

「クリス、ちょっと待て」

 引き止めようとしたが、クリスはこっちを振り返りもしねえ。

「ありがとよ」

 俺が礼を言うと、クリスは手をヒラヒラさせて返事をした。


 その後、俺は色んな意味で涙を流しながらリンゴを食った。

 リンゴに大量の砂糖がまぶしてあったが、それは目をつぶる事にする。

 甘過ぎて死にそうだったが、洗えば問題ねえ。

 クリスが天邪鬼あまのじゃくなのは今にはじまった事じゃねえしな。

 あいつなりの優しさなんだろう。


 発熱の原因が変な病気じゃねえ事を祈るぜ。

 あいつにうつったら大変だからな。

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