続々・知能テスト編(二十八)

「監視が厳しくなった!」

 クリスが悲しそうな顔で授業にやって来た。

「監視?」

 今までもこいつは必要な時以外は、部屋に閉じ込められているんだが、さらに厳しくなったってどういう事だ?

「監視が一人から二人になって、個人端末に通信制限がかけられた」

「なんでまた急にそんな事になったんだ?」

 クリスが悲しそうな顔で抱きついて来やがった。

「あの後、もう一度きちんとした場所で知能テスト受けさせられたんだ」

 ああ、やばいほど点数が高かったからな。

 それと関係があるって事か。

「結果が良すぎたのか?」

 俺の質問に、クリスは首を横に振った。

「知らない。結果は聞いてない」

 だが、その後からって事は、そうなんだろうな。

「自業自得だろ」

 俺がそう言うと、クリスが抱きついたまま顔を上げた。

「先生に勝ちたかっただけなのに」

「そういう理由で受けるもんじゃねえだろ」

 呆れてものも言えねえ。

 こいつ、本当に頭いいのか?

「これからは泊まるのが難しくなるかも知れない」

 待て!

 それは、俺にとって大問題だ!

「なにやってんだよ、クリス」

 こんなもん授業してるどころじゃねえぞ。

「本当になにやってるんだろう……」


「その後、社長が来て、仕事を少しやらされた」

「なんだ? 正規採用か?」

「まだ大丈夫だと思うけど、分からない」

 クリスの今の立場は、研修社員みてえなもんだと思う。

 色んな授業受けて、勉強している最中だ。

 だがもし、正規採用になったら、勉強する必要がなくなるかも知れねえ。

 そうなったら、俺にとって一大事なんてもんじゃねえ。

「おいおい。俺の授業がなくなるんじゃねえだろうな」

「それは嫌だ!」

 クリスがさらにきつく俺にしがみついて来た。

 可愛いな、おい。

 俺の事、そんなに思っててくれたのかよ。

 しかし、そう思った俺が馬鹿だった。

「僕のストレス発散相手がいなくなる」

「待て! お前にとっての俺の存在価値はそれだけか!?」

「他になにがあるって言うの?」

 顔を埋めてスリスリしてもダメだ!

 期待した俺の気持ちを返せ!


 俺はショックを受けながらも、気になる事を聞いてみた。

「仕事ってなにやらされたんだ?」

「知らない」

 クリスはそう言ってるが、こいつにやらされた内容が分からねえ筈がねえ。

「知らねえって事はねえだろ。どんな仕事だったんだよ」

 しばらく考えてから、クリスが喋った。

「簡単な仕事……。だけど、守秘義務があるらしい」

 ああ。

 そういう事か。

 ここの仕事はそういうのが厳しかったりするからな。

 だが、こいつの簡単な仕事が、一般社員にとってどのくらいの難易度かは分からねえ。

「で、その仕事はもう提出済みか?」

「簡単だったから、その場でやって渡しといた」

「で? 社長の反応はどうだったんだ?」

 難易度はこいつに聞くより、社長の反応見る方が分かるだろ。

「ちょっと、意外そうにしてた」

「意外そうって、どんな意味でだよ?」

「……分からないけど、仕事が早かったから?」

 まあ、この前の知能テストの解答速度をみてりゃ、こいつの処理速度は想像がつく。

 どうせ、常人レベルじゃねえ速さで処理したんだろ。

 だが、こいつに聞いたところで、基準が高すぎるから分からねえだろうしな。

「で? 社長はなんか言ってたのか?」

「また来るって」

「やっぱり、仕事が優秀すぎたんだろ」

 俺が言うと、クリスは不思議そうに顔を上げた。

「仕事を持ってくるかは分からない。今までも顔を見に来てたし」

 まあ、こいつは社の機密扱いだから、様子を見に来てるんだろう。

 だが、俺としちゃあ心配で仕方ねえ。

「社長と寝たりしてねえよな?」

「まさか!」

 クリスが目をまん丸にして驚いてやがる。

「社長は先生とは違うよ」

 俺はそれを聞いて安心した。

 この反応を見る限り、社長と寝たって事はなさそうだ。


「社長はよく差し入れをしてくれるんだ」

 そういう意味での違いか?

 まあ、俺がクリスに差し入れをした事は、今迄一度もねえからな。

 物をくれるくれねえで、分類してるだけじゃねえといいが。

「で? なにをくれるんだよ?」

「ケーキやクッキー」

「お前は甘いもん大好きだもんな」

 それで、クリスが釣れるなら、今度から俺も授業の時に菓子でも用意しておくか。

「それで、仕事の報酬代わりになにかくれるって言うから……」

 なんかもったいぶるな。

「なにを頼んだんだ?」

「錆びたノコギリが欲しいと言ったんだけど、却下されたんだ」

「お前! まだ言ってんのか!」

「だって先生との約束じゃない」

「そんな約束はしてねえよ! いい加減ノコギリから離れろ!」

 ノコギリってえのは、俺がクリスを鞭で叩きすぎた時に、こいつが仕返しで持って来ようとしていた柄物だ。

 その時も会社側に却下されていたんだが、懲りねえ上に執念深すぎるだろ。

「仕方ないから、情報収集用の機材が欲しいって言っといた」

 子供らしいとは言えねえが、クリスにしてはまともな選択だ。

 しかし、俺にはちょっと引っかかる事があった。

 これはこれで、ノコギリとは別の意味で凶悪なブツかも知れねえ。

「ドラマ見たりしねえよな?」

 それで、色々被害を受けてる身としちゃあ、どうしても身がまえちまう。

「え? ドラマは今までも見てたよ?」

 まあ、確かにそうだ。

 被害を被るだろうが、これ以上拡大しねえならそれでいい。

 嫌な予感はするが、考えねえ事にするか。

 そう思っていたら、早速クリスが爆弾発言をしやがった!


「でも、ネットで面白いのを拾えるかも知れない」

「拾うな!」


 これは、前途多難だな。

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