知能テスト編(二十六)

 なんだかよく分からねえが、社内一斉に知能テストを実施するらしい。

 長期の仕事に従事してるとかだったら、やらなくてもいいらしいが、そうでなけりゃ都合がつかない社員は後日やるらしいし、特に理由がなけりゃあ強制的に受けなきゃいけねえみてえだ。

 誰の打ち出した方針なんだか全く意味が分からねえ。

 入社の時ならいざ知らず、この時期にやる意味あんのか?


 俺が案内メールを読んでたら、クリスがやって来た。

「よう」

 いつものように手を上げて挨拶して来やがったから、ハイタッチよろしく手を叩いておいた。

「先生、なに変な顔してるの?」

 クリスが俺の手元をのぞいて来る。

「変な顔じゃなくて難しい顔って言うんだ」

 俺が端末を手元に引き寄せると、クリスの頭もそれについて来た。

「なになに? 社内一斉知能テスト?」

 クリスが不思議そうな顔で俺の方を見て来た。

「この時期にやるとか、謎すぎるだろ?」

「僕のところには来てないみたいだけど、それ、いつ来たメール?」

 クリスは自分の端末を確認してるみてえだ。

「俺のとこに来たのは昼過ぎだな」

「僕のところには来ないのかな?」

 クリスが不思議そうに首をかしげてやがる。

 こいつは知能指数がバカ高いらしいから、別枠なんじゃねえかと思う。

 一般の問題じゃあ絶対に簡単すぎるだろ。

「お前は別にあるんじゃねえか?」

 俺がそう言うと、クリスは不満そうに片側のほほふくらませた。

「僕も受けて先生と競いたかったのに!」

「なんだ! 可愛いな、おい!」

 俺はクリスの仕草が可愛くて、衝動的に抱きしめた。

 そして、そのまま押し倒そうとしたら頭突きが来た。

「危ねえだろ!」

 俺がクリスの頭を押さえると、今度は蹴って来ようとしやがる。

「すぐに押し倒すのやめて貰えないかな?」

「可愛い事するお前が悪いんだよ」

 会話の途中だし、まあ仕方ねえから解放してやるか。

「そういう謎理論やめてよね」

 そう言いながら、クリスが俺と距離をとる。

「この線よりこっち入ったら殺すから」

 クリスは教室の床を足でなぞった。

 いつも大人びているクリスが、珍しく子供っぽい事をしやがる。

「もう、襲わねえからこっち来い」

 俺が手招きしても、クリスが警戒を解かねえ。

 別に一年近く俺に抱かれてるんだから、今更こんな事する必要もねえと思うんだがな。

「一生襲わないと誓う?」

「授業もあるし、そりゃ無理だろ」

 そう言って、もう一度クリスを手招いた。

「今日は襲わないって誓う?」

 一生が一日にレベルダウンしたらしい。

「誓うからこっち来い」

 俺が呼ぶと、クリスが怪訝けげんな顔をしながらも、こっちに寄って来た。


「知能テストの詳細が知りたいんだけど」

 近寄って来たのは、俺を許したってよりかは、自分の好奇心に負けただけみてえだ。

 クリスはメールの全文を見てから、もっともらしく頷いた。

「僕が代わりにやってあげようか? 全問正解する自信あるよ」

 こいつなら本気で全問正解しかねねえ。

「お前がやったら、絶対バレるだろ」

 そもそも、俺と競いたいって言ってたんじゃねえのか?

 俺の問題を解いて、こいつになんのメリットがあるって言うんだよ。

「じゃあ、全問不正解するから!」

 俺の言ってる事を理解してねえ!

「やめろ。クビになったらどうしてくれんだよ」

「大丈夫。送別会してあげる」

 どこが大丈夫なのか全く分からねえ。

 辞めさせる気満々じゃねえか。

「ふざけてんじゃねえぞ。まあ、テストは俺の授業時間と被らねえから大丈夫だ」

 俺はニヤリと笑った。

「大丈夫。その時間の授業サボって来るから!」

「絶対来んな!」

 こいつが来たら、絶対ちゃちゃ入れて来るだろうから、まともにテストが出来るとは思えねえ。

「隣で教えてあげるから」

「教えるんじゃねえ!」

「先生もいい点とりたいでしょ?」

「俺はカンニングは嫌いだ!」

 自慢じゃねえが、カンニングした事は一度もねえし、なんなら有名大卒だ。

 なのに、なにが悲しくて知能テストでカンニングしなきゃなんねえんだよ。

「じゃあ、手取り足取り教えてあげるから」

 どこの世界に、テスト中に手取り足取り教える風習があるってんだ。

「黙れ。お前と話してると頭がおかしくなる」


 こうなりゃ実力行使だ!

 犯さなくても、こいつを黙らせる方法はいくらでもある。

 俺はクリスに拷問用の機械をつける事にした。

 まあ、こんなもんで黙るようなたまじゃねえがな。

「卑怯だ!」

「卑怯じゃねえ! 授業だ!」

「オヤジギャグ反対!」

「ん? 俺はオヤジじゃねえ!」

 期せずして韻を踏んでたみてえだ。

「三十六歳はオヤジだよ。先生、現実から目をそむけちゃダメだよ」

 クリスは、まだうるせえ事言ってやがるが、気にせず機械をつけて電源を入れた。

 今日は結構つらい設定だ。

 くすぐられる感覚の最強設定だ。

「……」

 クリスが無言で耐えている。

 まあ、感じやすいクリスにはかなりの拷問だろう。

「降参したらやめてやってもいいぞ」

 俺はニヤリと笑った。

 しかし、こんな事で黙るほどクリスはやわじゃなかった。


「テストの、時間に、部屋の、ピンポン。連打、してやる……」

「お前は絶対に来んな!」


 テストより、こいつの妨害を回避する方が知能使いそうだ。

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