続・自白編(二十五・五)クリスパート

 先生は自分の犯行について全部喋った訳だけど、たぶん僕も先生と同類だ。

 実際、僕も直接人を殺した事があるけど、それに罪悪感を覚えた事なんてただの一度もない。

 理由があると言ってしまえばそれまでだけど、正当かどうかなんて、その人の属する世界の概念がいねんや法律に依存する事になるだろうし、考えても意味のない事だと思う。


 先生と一回戦が終わって、僕はぼんやりと先生の顔を見る。

 先生は僕の事を大切に思っていてくれて、僕には優しい表情を向けてくれる。

 だけど、僕の容姿が今と違っていたら、先生は僕を好きにならなかったかもしれない。

「どうした?」

 僕が見つめているのに気付くと、先生はニヤニヤと笑って来た。

「気持ち良すぎて俺に惚れたか?」

「まさか」

 僕は先生の言葉を鼻で笑い飛ばした。

 先生とのセックスが気持ちいいかと聞かれれば、たぶん気持ちいいんだと思う。

 でも、僕は先生を大切な人とは思うけれど、僕と似たところのある先生に惚れる事は、一生ないと思う。


 そんな風に考えていると、先生が真面目な顔で聞いて来た。

「なんで、つらそうな顔をしてたんだ?」

 先生の自白を聞いた後って事なんだと思う。

「先生と同類なのが、死ぬ程嫌だっただけ」

 僕はなるべく不愉快そうな顔で答える。

 表情の出し方は、演技の授業で習ったので、随分と人間らしく振る舞えるようになったと思う。

「同類? 同類って事はねえだろ?」

 理由が云々って考えているんだろうけど、僕の考えは違う。

 でも、説明するのが面倒なので、違う方向からいってみる事にする。

「だって、僕は拷問の時に人を殺したじゃないか」

 先生が拷問して吐かせた男を始末しようとした時、僕は自分から名乗り出て殺した事がある。

 あの時、僕が殺さなきゃいけなかった理由なんてなにもない。

「あっ」

 先生は忘れていたようで、僕に言われて驚いていた。

「いや、そうじゃなくてだな……」

 先生は言いかけてやめた。

「同じだよ」

 僕は小さな声で答えた。

 僕は父親から性的虐待をうけていて、五歳の時に父親を殺した。

 確かに、この社会では、父親が悪いという事になるのかもしれない。

 しかし、もしも父親が絶対的な権力を持つ家父長制の社会だったら、どんな理由であれ、父親を殺した僕は重犯罪者に違いない。

「クリス?」

 先生が両手で僕の頬を包むようにして、自分の方に顔を向けさせる。

「難しく考えすぎるのは、お前の悪い癖だぞ」

「僕は凄くシンプルだよ」

「どこがだよ。世の中なんて自分中心に回ってるって考えるくらいの方が、お前にはあってるんだよ」

「それは、素敵な世の中だね」

 僕はニヤリと笑ったけど、別にそんな世界を望んでる訳じゃない。

 でも、先生の言いたい事はよく分かった。

 けれど、僕は先生をからかうように言う。

「じゃあ、手始めに拷問の授業の、教師と生徒の立場を逆転してみようか」

「却下だ! そんな世界は俺が認めねえ!」

「じゃあ、僕の世界から先生を抹殺するというのはどうだろう」

「それも却下だ!」

「僕の世界はどこへいったの?」

「俺の言ってるのは、そういう意味じゃねえ!」

 先生はそう言って、僕に口付けた。

 うるさいから口を塞いどけって事なんだと思うけど、とりあえず、僕はそれに乗って舌を絡めといた。


 先生のゴツゴツとした指が僕の体をう。

 そのまま先生に身を任せていると、頭がおかしくなりそうだ。

 そうして、しばらくすると先生が上体を起こし、僕を膝の上にのせる。

「動けよ」

 僕は言われるまま、先生が気持ちよくなるように動く。

 すると、先生の興奮した息遣いが僕の耳元で聞こえる。

「気持ちいい?」

「ああ」

 先生の動きに合わせて僕も動く。

 先生が気持ちいいなら、それでいい。


 そうして、二回戦目が終わった。

 流石に僕も少し疲れて来た。

 体も頭も程よく疲れて、ふわふわする。

「お前は、その秘密主義をなんとかしろ」

「先生と違って、僕はデリケートなんだよ」

 僕が勝ち誇ったように言うと、先生が顔をしかめた。

「分かっちゃいるが、俺だってデリケートなんだよ!」

 神経が図太いって言われるかと思ったら違っていた。

 先生は僕の事をどこまで理解しているんだろうか。


「先生はあの事件の事、どれくらい覚えてる?」

 僕は話題を変えてみた。

「ほぼ全部覚えてるぜ」

 警察で何度も話していたんだろうから、確かに覚えてると思う。

 だけど、たぶん僕の記憶とは違うだろう。

「どこまで? 日付は覚えているとして。天気は? 自分がその時着ていた服は? 相手が脱ぎ捨てていた服の色は? その時の気持ちは? セックスした時の初めから最後までの全ての体位や腰を振った数は? その場の空気も、相手の声も、体液の味も、体臭も全て。僕は全部覚えてるけど、先生が覚えているのはどのくらい?」

 聞いてみたら、先生が驚いた顔で僕を見た。

「それ、全部覚えてんのか?」

「うん」

 それが、先生の知りたがってる僕の闇の一端なのかもしれない。

「いや、俺はそこまでは覚えてねえよ。それをお前は全部覚えてんのか? 日常生活で起こった事も全部か?」

「うん」

 僕の言えない記憶は、たぶん過去としてではなく、今も僕の中で現実として息づいているものだからだと思う。

 だから、その時まだ幼かったからだと先生は言うかもしれないけれど、僕にとっては違う。

「忘れる事はねえのか?」

 僕は少し考える。

「多分、ないと思う」

「じゃあ、とっとと自白して楽になれよ」

 僕が昔、自分の意に反して誰かの都合のいい玩具おもちゃになっていたなんて、先生は思いもしないだろう。

 負けず嫌いの僕は、それを認める事が死ぬ程つらい。

「僕がそれを受け止められるようになったらね」

 僕は笑って答えた。

「じゃあ、俺が拷問して吐かせてやるよ」

 先生はそう言って、三回戦目をはじめた。


 先生のこういうところが好きだ。

 同情されるよりずっといい。


「僕が一晩中なにも吐かなかった場合は、一週間セックス抜きね」

「どうせ授業で犯すから、関係ねえだろ」

「授業もだよ!」

「お前に抵抗する権利はねえよ」

 先生がさらに激しく動いて来た。

 僕は少し疲れて来たので、このまま寝ようと思う。

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