刑事ドラマ編(二十四)

 これだけ付き合っていれば、クリスの事も段々見えて来るってもんだ。


 頭は、馬鹿な振りしてとんでもなく良い。

 性格は、明るい振りして死ぬほど暗い。

 神経は、図太い振りして案外繊細。

 後、かなりの寂しがり屋だ。


 ある程度は分かっちゃあ来たが、それでもまだ本性を隠してるみてえだ。

 どんだけ闇が深いのか、正直すげえ気になって仕方がねえ。

 まあ、好きな奴の事は知りたいって言うあれだ。

 なんか、最近じゃあ、自分の性格が乙女化して来てるんじゃねえかと、ちょっと不安になって来ちまってる。

 だが、知りたいもんは仕方ねえ。

 俺はクリスの過去について、詳しく聞いてみる事にした。


「お前の過去を詳しく聞かせろよ」

 どうせ回りくどい事をしてもバレるだろうから、思い切りストレートに聞いてみた。

 そしたら、クリスが不思議そうに見返して来やがった。

「先生、知ってるじゃない」

「上っ面だけじゃなくて、詳しく聞かせろって言ってんだよ」

 俺がそう言うと、クリスはとぼけた顔で返しやがった。

「僕の過去なんて平凡過ぎて面白くないよ」

「お前の過去が平凡だったら、この世がすげえ殺伐さつばつとするだろ!」


 こいつの過去については、ざっと聞いちゃあいる。

 クリスは物心ついた時から、父親に性的虐待せいてきぎゃくたいを受けていた。

 そして、五歳の時に父親を殺した。

 その後は母親に犯された。

 そして、やっぱり殺そうとしたが、失敗して母親は寝たきりになった。

 クリスは働けなくなった母親の代わりに、そういう店で体を売って稼ぎながら、母親の世話をしていたらしい。


 後、俺が知ってるのは、そこの店長が下衆野郎げすやろうだったっていう事ぐれえだ。

 だが、クリスの事だから、まだ話してねえ事がいっぱいあるに違いねえ。


「なあ、クリス。俺の過去の話を聞いてくれるか?」

 ストレートに聞こうと思って失敗したので、作戦を変更する事にした。

 と言うより、こっちの方が最初から考えていた作戦なんだけどな。

「先生の過去? 先生が殺人鬼だったのは知ってるよ?」

 クリスが不思議そうな顔で俺を見た。

「その事件のもっと深いところだよ」

 俺が言うと、クリスが真面目な顔つきになった。

 だが、真剣に聞いて貰えると思った俺が馬鹿だった。

「自白する気になったのか?」

 クリスがドラマの刑事みたいな物言いをして来やがった。

「もう俺は自白してるだろ! そう言うんじゃねえよ」

 俺がそう言うと、クリスが背中をぽんぽんと叩いて来た。

「カツ丼食うか?」

 恋愛ドラマだけじゃなくて、刑事ものも見てるのかよ。

 他にどんなの見てるか気になって、俺の過去を話すどころじゃねえ。


 俺がそう思っていると、クリスがさらっと言って来た。

「代わりに僕の過去を話せって言っても無理だからね」

 俺の企みがバレてやがる。

 やっぱりストレートに、押せ押せでいった方が良かったのか?

 まあ、どっちにしろ無理なんだろうがな。

「でも、僕の過去を話さなくていいって言うんなら、先生の自白を聞いてあげるけど?」

 俺の話を聞いて貰いてえ気持ちはあるが、その前にクリスのさっきの口調が気になって仕方がねえ。

 罠だと知りつつも、俺はクリスに質問した。

「お前、最近刑事ドラマでも見たのか?」

 俺が聞くとクリスが頷いた。

「最近見たのは、連続猟奇殺人事件の話」

 なんか、俺の過去とかぶるんだが気の所為せいか?

「面白いのか? どうせお前の事だから、初めから犯人は誰か分かってるんだろ?」

 それに、クリスは神妙しんみょうな顔つきで答える。

「後出しジャンケンだったんだ」

「後出しジャンケン?」

 よく分からねえから聞き返したら、クリスが神妙な面持ちのまま、もう一度うなずいた。

「真相究明中に証拠が出て来て、今まで影も形もなかった人が捕まった」

「待て!」

 俺は思わず大爆笑しちまった。

 こんなん神妙な顔つきで言う事かよ!

「こんなドラマを見てしまった、僕の時間を返して欲しい」

 ダメだ。

 笑いが止まらねえ。

「おま、レビュー見なかったのかよ?」

「リアルタイムで見たんだ」

 クリスの真剣な表情が笑いを誘う。

 無理だ!

 俺の腹筋が崩壊する!


 俺がひとしきり笑った後にクリスが言った。

「で? 先生は自白したいんだっけ?」

「もう話す気が失せた」

 こいつ知ってて誘導しやがったな。


「じゃあ、僕の過去も一生闇の中だね」


 クリスは結局なにも話さなかったが、こいつの過去が深い事だけは分かった。

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