甘味編(二十一)

 クリスがなにやら甘ったるい匂いをさせて、教室に来やがった。

 まさか、香水でもつけるようになったのかと思ったが、どうやら違ったらしい。

 よくよく観察すると、匂いは手に持った紙袋からしてるみてえだ。

 なんだ?

 手土産か?

 だが、こいつ、俺が甘いもん苦手なの知ってた筈だが。

「なんだその袋は」

 俺が尋ねると、クリスはそれを俺の前に差し出した。

「先生にプレゼントだよ」

 クリスは目に毒な程の、可愛い笑顔を作って言って来た。

「おう、珍しいな」

 まあ、どうせ甘いもんだろうが、クリスから貰えるならなんだって嬉しい……。

 って、なんで俺がそんな事考えてるんだよ。

 くそ、自分で考えてて恥ずかしくなって来ちまった。

「調理実習で作ったんだ。是非、先生に食べて欲しくて」

 クリスの笑いが黒すぎる。

 それより、この会社の社員教育って、そんな授業があんのか?

 少なくとも、俺はそんなもん受けてねえぞ。

「ありがとよ。で、中味はなんだ?」

 俺がそう言うと、クリスが紙袋を開けた。

「じゃーん」

 そこに入ってたのは、クッキーだった。

 やっぱり、甘いもんかよ!

 だが、なんだか店で買ったみてえな綺麗な見た目をしてやがる。

 俺は知らねえが、手作りってこんな綺麗に出来るもんなのか?

「お前が作ったのか?」

「調理実習で作ったって言ったよね?」

 そう言って、クリスが眉をひそめる。

 だが、俺が聞きてえのはそういう事じゃねえ。

「この形もか?」

 俺が聞くと、クリスは得意そうに言った。

「手先は器用なんだ」

 こいつ、本当になんでも出来るな。

 女性恐怖症以外になにか苦手なもんなんてあるのかよ?

「先生の為に作ったんだよ。甘い物、好きでしょ?」

 絶対、こいつ知っててわざとやってやがるな。

 どこまで性格がひねくれてんだよ!

「お前、なんの嫌がらせだ?」

 それに、意外だと言わんばかりに目を見開く。

「え? 先生の事を思って作ったのに」

 まあ、どういう目的かは別として、俺を思って作ったと言われたら食うしかねえ。

「じゃあ、いただくぜ」

 しかし、口に入れた途端、あまりの甘さに口ん中が痛くなっちまった!

「殺人的な甘さなんだが」

 一口かじったはいいが、もうかじる気にならねえ。

 俺は苦労しながら、なんとか飲み込んだ。

 想像を絶する味だ。

「甘い物が大好きな先生の為に、砂糖を増量したんだ」

 しれっと言いやがった。

 しかし、甘いもんが好きならこのくらいいけるもんなのか?

「どんだけ入れたんだよ」

 俺が試しに聞いてみると、クリスが満面の笑みで答えた。

「調理実習の教師に止められるくらい」

 教師も止めるなら、もっと早くに止めてくれ!

 もう、取り返しのつかねえ甘さになってんじゃねえか!

「じゃあ、お前食ってみろよ」

 俺が言うと、クリスは俺の手から食べかけのクッキーを食べた。

 そして、口の周りをぺろりとめる。

 萌えるシチュエーションだが、今はそんな余裕なんてねえ。

「美味しいよ」

 クリスはにっこりと笑って言った。

 こいつ、味覚音痴か?

 しかし、いくらなんでもこれは常軌を逸してるだろ。

「食べ物は粗末にしちゃいけねえんだ。こんなもんで遊ぶな」

 クリスには、常識を教えてやらねえとまずいだろ。

 まあ、俺が言ってもあんまり信ぴょう性はねえだろうがな。

「遊んでないよ。美味しいよ?」

 クリスは袋の中から取り出して、クッキーを数個食べた。

 しかし、例えクリスが本気で美味いと思ってたとしても、こんなもん食いもんじゃねえ!


 だが、俺はとんでもねえ墓穴を掘っちまったらしい。

「食べ物は粗末にしちゃいけないんでしょ? 先生、全部食べなきゃ」

 クリスの笑みが、これ以上ねえってくれえ真っ黒だった。

 俺は自分で退路を断っちまった。

 もう後戻り出来ねえ。

 それでも、俺は最後まで抵抗する事にした。

「だったら、お前が全部食え。その後、お前を俺が食ったら、完食だ」

「謎理論を展開しないでよ」

 クリスが不満そうにしているが、俺だって無茶苦茶なのは承知の上だ。

「今日の授業は甘味兵器を完食する事だ!」

「兵器にしないで!」

 クリスが反抗しているが、そんなもんはどうでもいい。

 授業中は俺が法律だ!

 そして、完食したらクリスを食う!

 俺の計画には寸分の隙もねえ。


「食ったか?」

「食べたよ」

 クリスは口を開けて、俺に見せて来た。

 確かに、完食してやがる。

 それじゃあ、後は俺がクリスをいただくだけだ。

「先生」

 クリスが首に腕を回して来たが、完食したのは確認済みだ。

 嫌な予感はしたが、俺はそのままキスをしようとした。

 その時、クリスが口の中になにか放り込みやがった。

 甘い!

 死ぬほど甘い!

 手に吐き出そうとしたら、クリスに止められた。


「食べ物は粗末にしちゃダメだよ? ちゃんと食べてね」


 俺は死ぬ思いで、そいつを丸飲みした。

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