性的指向編(二十)

「先生この前ストレートだって言ってたよね?」

 またクリスが、授業に来るなり訳の分からねえ質問をして来やがった。

「ああ。そう言ったが、どうした?」

 クリスは顔をしかめて俺を見る。

「でも、僕は女ではないんだけど」

 俺はつい最近、こいつに告白して振られたばかりだ。

 それなのに、嫌な質問をして俺の心をえぐって来る。

 こいつ天然か?

 いや、性格の悪いこいつの事だから絶対わざとだ。


 まあ、それは置いとくとしてだ。

 俺はクリスに言われてはじめて気付いた。

 俺はクリスの事が好きだが、クリスは九歳の男のガキだ。

 だが、それはクリスが好きなんであって、基本女が好きな事に変わりはねえ。

 俺はセクシャリティーとか、そういうデリケートなもんはよく分からねえんだが。

 こういう場合のくくりとしてはどうなるんだ?

「先生ってペド?」

 なんか分かんねえ単語出て来たぞ。

「ぺド?」

 俺が聞くと、クリスが神妙な顔つきでうなずいた。

「ペドフィリア。小児性愛者しょうにせいあいしゃだよ」

「俺は小児性愛者じゃねえよ!」

 こいつはなんでそんな言葉知ってんだよ。

 もっとマシな事に頭使えよ。

 それに、俺は別にガキに欲情する訳じゃねえ。

「じゃあなに?」

「あれだ。男、女、クリスってくくりがあるんだ」

「僕を新たな性別にしないで!」


「じゃあ、お前はどうなんだよ?」

 まあ、こいつは女性恐怖症だからな。

 答えなんざ聞くまでもねえが、聞き返しとく事にした。

「ここに、男、女、先生という括りがあるでしょ?」

 俺の真似して変な括りを作って来やがった。

「俺は性別じゃねえけどな」

「消去法で行くと、まず一番に『先生』が消えるでしょ?」

「おい待て! 俺より先に女が消えるだろ!」

 それに、クリスが神妙な顔で頷く。

「きっと、クリスはそれほど先生の事を生理的に受け付けないと思ってるんだろうね」

 他人事のように言いやがった!

 いくらなんでも、この言い方は酷いだろ。

 生理的に受け付けねえって、嫌いの上を行かねえか?

 しかも、トラウマになってる女より上か?

 これは、さすがにダメージがデカ過ぎるだろ。

 なんか最近、こいつに仕返しされるような事したか?

「今日はお前に酷い事してねえよな?」

 俺が聞き返すと、クリスはとぼけた顔で答えて来た。

「なんの話? 本当の事を答えたまでだけど」

 そして、俺の傷付いた心にトドメを刺して来やがった。

 本当に血も涙もねえな。

 しかし、こいつはなんでこんな質問して来たんだ?

 俺をいじめる為じゃねえと思いてえんだが。


 俺がそう考えてると、クリスがまた訳分からねえ事を言って来やがった。

「僕を好きなんて、先生も物好きだよね」

 クリスはガキだが、顔はいいし文句なしにモテるだろう。

 俺は別に物好きではねえと思うんだが。

「お前を好きな奴なんていくらでもいるだろ?」

 俺がそう言うと、クリスはため息をついた。

「みんな僕の体が目当てなだけだよ」

 いや、こんなんガキのセリフじゃねえだろ!

 だが、そう思う気持ちも分からなくはねえ。

 こいつは、過去に体売っていたそうだが、確かにそういう客は、ほぼ体目当てだろうからな。

 そう考えると、見てくれがいいってのも善し悪しなのかも知れねえな。

「まあ、お前を好きな奴もいるんだから気にすんな」

 俺が慰めるように言うと、クリスがいぶかしそうにこっちを見て来た。

「好きな奴って誰?」

「俺に決まってんだろ」

 恥ずかしいからこんな事言わせんな。

 なんだ?

 これは、羞恥プレイかなにかか?

「でもね、生理的に受け付けない人は数の内に入らないと思うんだよね」

 俺も泣きが入る。

「お前を怒らせるような事したか?」

 なんで慰めようとしたのに攻撃して来るんだ?

 こんなガキ相手に涙が出そうだ。

「先生には蓄積した恨みがあるんだよ」

 クリスが黒い笑みを浮かべた。

 もう十分仕返しされてると思うんだが、クリスはまだ許す気はねえらしい。

 これは、もうなり振りかまっていられねえ。

「すまん。お願いだから許してくれ」

 俺は泣きそうになりながら懇願した。

 すると、クリスは仕方ないと言いたげにため息をついた。

「本当は、先生の事を生理的にダメだとは思ってないから大丈夫だよ」

 許してくれたのか?

 だが、そんなふうに思った俺が馬鹿だった。


「先生の事は都合のいいセフレだって思ってるから」


 それはガキの言うセリフじゃねえ!

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