誘導尋問編(十九・五)クリスパート

 一日に僕が受ける授業は五教科。

 午前に三教科と午後に二教科だ。

 そして、いつもその日の最後の授業は、地下四階で行われる拷問の授業と決まっている。

 僕は毎日この授業を楽しみにしているのだけど、残念な事に教室に行くと先生はいなかった。

 別に楽しみにしていると言っても、僕は被虐ひぎゃく性愛者ではないから痛い思いをするのは嫌いだ。

 だけど、この授業の先生は数少ない僕の話し相手で、とても『大切な人』だ。

 僕がこの授業を好きな理由は、先生と話が出来るからに他ならない。


 今まで、僕にとって他人は『嫌いな人』か『どうでもいい人』の二つにカテゴライズされていた。

 しかし、最近になって、ここにもうひとつ『大切な人』という項目が追加された。


 僕にとっての『大切な人』は三人いる。


 僕に代理業社という居場所をくれた人。

 ダグラス・アーサー社長。


 僕を最悪な境遇から助けてくれた人。

 エリオット・ターナー。


 そして、僕の話を聞いてくれる人。

 レイ・ウィルボーン先生。


 以上だ。


 先生が授業に遅刻するとは思えないけど、念の為に先生の部屋を訪ねてみた。

 けれど、インターホンを鳴らしても出る気配がない。

 それなら、先生のいるところはひとつしかない。

 拷問室だ。

 僕は先生に会う為に、拷問室に行く事にした。


 拷問室は頑丈な鉄の扉で仕切られている。

 僕が扉の前まで行って中をうかがうと、微かに人のいる気配がした。

 僕がブザーを鳴らすと、すぐに先生が出た。

『どうした?』

 少し苛立った声色をしているところをみると、珍しく仕事が難航しているのだろう。

「僕だけど」

『クリス? なにしに来たんだ?』

 先生の声が、いつもの授業の時の調子になる。

「授業始まってるよ?」

 僕が告げると、通話口の向こうで長いため息が聞こえた。

『俺は見ての通り仕事中だ』

「見ての通りって言われても見えないよ」

『また混ぜっ返しやがって。俺は忙しいんだよ』

 先生はからかっても、怒るんじゃなくて、ちゃんと返事をしてくれるので面白い。

「僕は先生が来なくて退屈してるんだけど」

『そんなもん知るか。今日は休講だからとっとと帰れ』

 十分もあれば相手を落とせると豪語している先生が、二時間ある授業を中止にするくらいなら、今回の相手は相当手強いのだろう。

「手伝おうか?」

『ここは子供の遊び場か?』

 先生じゃない声がした。

 この声の主が今回のターゲットらしい。

『手前は黙ってろ!』

 先生の声の後に大きな音がした。

 うめき声も聞こえるから、先生が殴るか蹴るかしたんだと思う。

「その人に馬鹿にされたみたいなんだけど?」

 僕は別にそんな事は気にしていなかったんだけど、拷問の手伝いをしたい理由にはなると思う。

『今開ける』

 少ししてから、先生がそう言った。


「よう」

 僕は右手を上げて先生に挨拶する。

 これは先生を真似た、最近お気に入りの挨拶だ。

「よう」

 先生も右手を上げると、僕にハイタッチした。


 牢の中に視線を移すと、拷問用の機械をつけられた男が床に座っていた。

 拷問用の機械は、実際に拷問するのと違い、相手に怪我を負わせる事がない。

 先生が、実際に手を出さずにこれを使っていると言う事は、拷問したとばれてはいけない案件なんだろう。

 つまり、苦戦しているのは、そういう制約があるからなんだと思う。


「どういうつもりだ?」

 僕が観察していると、男が話しかけて来た。

 そして、僕の事を値踏みするように、上から下まで舐めるように見る。

 僕が先生の稚児だと勘違いしたのかも知れない。

 まあ、毎日やってる事を思えば、それもあながち間違ってはいない。

「先生。僕、この人落とせるよ?」

「は?」

 先生とその男が、なにを言っているのかと言いたげな声を出す。

「僕を抱きたくない?」

 僕は機械のスイッチを切ると、男に向かって誘うように笑いかけた。


 この機械は信号を直接脳に送り付けて苦痛を与える拷問器具だ。

 精神的には参るけど、肉体的なダメージは痛みの割に驚くほど少ない。

 それを僕は、実際に身をもって体験している。


「抱く?」

 男は痛みから解放されると、僕をねっとりとした目つきで見て来た。

 精神的に痛めつけられても性欲が衰えないのは賞賛に値する。

 しかし、先生は男とは対照的に怒ったような目で僕を見た。

「やめろ」

「どうして?」

「お前がやって落とせるって確証がねえ上に、近付いたら身の安全が保証出来ねえからだ」

 もっともな理由だ。

 先生は粗野な言動や身なりから、頭が悪そうに感じる人も多いみたいだけど、先生はとても頭がいい。

 そして、拷問官という仕事柄からなのか、とにかく勘がいい。

 僕とは違う意味で、相手を落とす方法を考えるのが得意だ。

「それより、お前の頭を貸せ」

 先生はそう言って、僕に資料を渡した。

「そいつのデータだ。体じゃなくてこっちを使え」

 そう言って、自分の頭を指で叩いた。

 先生は僕に誘導尋問でもさせたいらしい。


 名前はA。

 年齢は四十二才。

 C代議士の事務所職員として務めているが、コソコソとなにかを調べていたらしい。

 今回吐かせたいのは、Aを雇った相手とその目的だ。


 資料には他に、経歴なども記されていた。

 これに、先生の端末で集めた情報を照らしあわせれば、だいたいの目的は予想がつく。

 後はそれを元に、雇った相手を吐かせればいい。


「まず、あなたはE社から不当に解雇されて、社長に恨みを持っている。そこであなたはこの仕事を引受けた」

 僕はそこで、Aの様子を見ながら一拍置いてから続けた。

「あなたがC代議士から盗みたかった情報は、E社から貰った賄賂の証拠だね。そして、それを使ってE社の社長を失脚させようと持ちかけられた」

 僕がそう言うと、Aの顔色が変わった。

「なにを出鱈目を」

 そう言いながらも、視線が泳いでいる。

 拷問に堪える忍耐力は賞賛に値するが、ポーカーフェイスは苦手らしい。

「と、ここまでが、あなたが知らされている情報だ」

 その言葉に、Aと先生が同時に僕を見た。


 僕は雇い主が誰か分からないので、ここから探りを入れる事にする。


「だけど真相は違う」

 そう言ってから、僕は続けた。


 確かに、不祥事でトップの入れ替えはあるだろう。

 しかし、真の目的は違う。

 その狙いは、社長の失脚ではなく、C代議士の失脚だ。

 そして、その裏にいるのがC代議士の政敵であるD代議士だ。

 つまり、真の黒幕はD代議士だ。


 AはC代議士と縁故があった。

 Aが解雇されたと聞けば、人情家として知られるC代議士は放ってはおかないだろう。

 それを見越して、Aが解雇されるように手を回した。

 実際にAが解雇されたのは、社長の所為ではない。


「あなたは騙されていたんだよ」


 僕の言った話にはなんの根拠もない。

 手持ちの情報を元にした適当な作り話だ。

 しかし、僕が依頼主を知っていると思わせるには十分だ。

 短絡的なAならこれで釣れる筈だ。


「そんな、専務が……」


 釣れた。


「ここまで馬鹿にされてあなたは黙っていられるの?」

 Aは唇を噛み締めて考え込んでいる。

「僕は専務を社会的に抹殺する方法を知っているんだけど、聞きたい?」

「出来る、のか?」


 この後はスムーズに事が運び、Aは全てを暴露した。


「さすがクリスだ。相変わらず黒いな」

 先生がよく分からない褒め方をして来た。

「今度からは、こう言う事はしないから」

 僕は念を押すように先生に言った。

「分かってるよ。ありがとな」

 先生は僕の頭を軽く叩いた。


 今回は引受けてしまったけれど、僕は外部と直接関わる事を会社から禁止されている。

 それは、僕の頭脳を悪用されないようにする為らしい。

 だから、体で落とすならともかく、頭脳ワークによる誘導尋問はもっての外だ。

 Aには口止めをしておいたけど、これからはこう言う事は控えないといけない。


「それより先生、授業はどうするの?」

 終業までもう三0分もないけど、今日はあまり先生と話せていないから、このまま帰りたくなかった。

「なんだ? 俺に抱かれてえのか?」

 先生は僕が寂しがっているのに気付いたのか、ニヤニヤしながら言って来た。

 僕はそれに、いつものようにスネを蹴飛ばして答える。

「痛えな。このやろう」

 避けられる攻撃を避けなかったのは、先生なりの感謝のつもりなのかも知れない。

「僕が抱かれたら、先生はなにかくれるの?」

 僕が尋ねると、先生はニヤリと笑った。

「おう。俺の精子をやろう」

 僕は先生の股を思い切り蹴りあげた。


 やっぱり、先生と話すのは楽しい。

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