続・誘惑編(十六)

 ここ三回くらいゲイの美青年の授業を受け持っている。

 俺の授業は五分間拷問に耐え続けたら合格に決めている。

 ただ、それじゃあ合格する奴が少なすぎるので、合格基準に達しなくても、十回くらい授業を受けたら卒業させている。

 しかし、それにしてもそのガキはあまりに酷くて、拷問の機械にかけたら秒で音を上げる。

 卒業はさせるが、最後まで合格する事はねえだろう。

 まあ、見てくれはいいから授業の度に犯していたら、俺を好きとか言って来やがった。

 べっぴんに好かれるのは悪い気はしねえが、俺はクリスを除いて男は恋愛対象外だ。

 見てくれは悪くねえが、そもそも拷問に秒で音を上げる様な軟弱な奴は趣味じゃねえ。

 体だけの関係なら悪くもねえが、生徒をセフレにして面倒事になるのもいやだった。

 それに、枕営業用まくらえいぎょうように雇われたらしいが、顔以外に取り柄がなさそうだ。

「この後三、四時間くらい時間はあるか?」

 俺が聞くと、そいつはうなずいた。

「もちろん大丈夫さ。レイの頼みを断る訳がないじゃないか」


 このガキは、俺がどんなに好きじゃねえから迷惑だと言っても、授業の度に言い寄って来やがる。

 俺の受け持ちを外して貰う事も考えたが、面白い計画を思いついたからやめた。

 その計画とは、このガキをクリスに誘惑させて諦めさせるというものだ。

 別にそんな手段を使わなくても、ガキの事などどうとでもなったが、俺の中によこしまな考えが浮かんだ。


 クリスの誘惑する手管てくだが見てえ。

 見た目のいい二人がたわむれるところが見てえ。


 だから、その計画を実行すべく、このガキをクリスが来るまで待たせる事にしたんだ。

 見た目のいい二人が絡むところなんざ、お花畑に違いねえ。

 俺は下心満載でクリスを待つことにした。


 俺が教室の前で待っていると、始業時間より十分早くにクリスがやって来た。

「遅刻してないと思うけど」

 俺を見つけて、クリスが首をかしげる。

「今日は相手を誘惑する授業だ」

 俺はストレートにクリスに告げた。

「先生に習うまでもないと思うんだけど」

 こいつはすぐに男を誘って寝やがる。

 見た目が良いってえのもあるが、こいつは頭が良くて相手をいいように誘導出来る。

 俺は言い寄っても振られる事が多いし、まあ俺がクリスに教える事はなにもねえ。

「今日のは、相手を誘惑する実施訓練だ」

「こういうあやしい授業は、下心があるから気を付けるんだったよね?」

 確かにこの前、俺がそう教えたばかりだ。

 しかし、俺がやる事はあやしくはねえ。

 下心は確かにあるが、これは立派な授業だ。

「あやしくねえよ。ちょっとお前に落として欲しい相手がいるんだ」

 そう言うと、クリスが訝しそうな顔をした。

「いつも僕に、すぐに誰かと寝るのはやめろって言うくせに、今日はどうしたの?」

「俺を好きだとか抜かすガキを誘って、俺から気をそらせて欲しいんだ」

「ガキって子供がいるの?」

 クリスは目を輝かせた。

 まあ、ここは大人ばっかりで、子供は一人もいねえからな。

「子供じゃねえ。二十歳のゲイの男だ」

「ふうん。物好きもいるもんだね」

 クリスは呆れたようにため息をついた。

「機械で痛めつければ嫌いになるんじゃない?」

 今度は俺がため息をつく。

「授業じゃあ音を上げたら、そこでやめねえといけねえ決まりがあるんだよ」

「え? 待って! 僕の時やめてくれないよね!」

 クリスが俺のシャツを掴んで抗議してくる。

「お前は音を上げねえじゃねえか」

「時々やめてって言ってるよね?」

「お前は本気で降参してねえじゃねえか」

「僕はいつだって本気だよ!」

 こいつは負けず嫌いだから意地でも降参しねえんだが、最近は甘える事を覚えて、すぐにやめさせようとする。

 まあ、そんな事で俺がやめる訳がねえんだがな。

「お前は優秀だから別枠なんだよ」

 クリスは俺の返事に全く納得してねえみてえだ。


 こいつは最初に機械にかけた時から、授業が終わるまで声一つださなかった。

 俺の授業は五分間拷問に耐えたら合格だから、すぐにやめても良かったんだが、あまりに音を上げねえから、ムキになって授業時間が終わるまで二時間みっちり拷問にかけてやった。

 全く反応がねえから、機械の故障やクリスの痛覚がおかしいのか疑って調べたくれえだ。

 だから、本気で音を上げるなんて事がある筈がねえ。


「そんな特別待遇はやめて欲しいんだけど」

 クリスがすげえ目でにらんで来た。

 まあ、そうだよな。

 俺もそんな待遇は絶対にごめんだ。

「で、やってくれるか?」

「そんなまどろっこしい事しないで、僕と付き合ってるって事にしたらダメなの?」

「付き合ってる奴がいるって言ってもダメだったんだ」

 クリスは面倒くさそうに顔をしかめる。

「いけそうか?」

 俺が聞くと、嫌そうな目でこっちを見て来た。

「でも、落とすって言っても、その人のタイプが先生みたいな人だとすると、僕の事は好みじゃないと思うよ?」

「お前ならそれでも落とせるんじゃねえか?」

 クリスは少し考えてからため息をついた。

「その人の情報がないと分からないよ」

 やってくれる気になったみてえだ。

「二十歳の美青年だ。枕営業用で雇われたらしいが、見てくれ以外に取り柄はなさそうだ。だが、謎に自信を持っていやがる」

「で? セックスは上手いの?」

「いや。普通じゃねえか?」

 俺は質問の意図が読めねえが、聞かれたから答えといた。

「ふうん。会社からはあんまり人と関わらないように言われてるけど。まあ、やってみるよ」

 こいつは会社からも特別待遇で、なにもねえ時は部屋に閉じ込められて、限られた人間としか交流を持てねえ事になってるからな。

 だが、そこまで気にする事もねえだろ。


 その時、教室の扉が開いた。

「レイ。遅いけどどうしたの?」

 クリスは顔をのぞかせたガキを値踏みするように見る。

「ふうん」

 そして、相手をあざけるように声を出した。

「その子は誰?」

 ガキはあきらかに不機嫌そうだ。

 なにも言ってねえし、クリスは挑発するし、そういう態度になるよな。

「俺の生徒だよ。お前の話をしたら、興味があるから会わせろって言って来たんだ」

 俺がでまかせを言うと、クリスが顔をしかめてこっちを見て来た。

「どういう関係?」

 質問をして来るガキにクリスはため息をつく。

「さっき先生は、僕を優秀な生徒って言ったよね?」

 クリスがなんか付け足しやがった!

 ガキは不愉快そうに顔をしかめる。

 クリスは挑発しまくってどうする気だ?

「俺に会わせろって言い出すくらいなら、先生と生徒と言う以外にも関係があるんじゃないかと思っただけだよ」

 ガキがそう言うと、クリスは挑発するように笑った。

「先生とは特になにもないよ。あなたがあまりに不出来な生徒だって聞いたから、見本を見せてあげようかと思って来たんだ」

「見本?」

 クリスは教室にある椅子に腰掛けて足を組んで、頬杖をつく。

 どこまでも挑発する気らしい。

 こんな事して、本当に落とせんのか?

「でも、外見以外なんの取り柄もなさそうだし、僕が教えても理解すら出来なさそうだ」

 ガキは顔を赤くしているが、なんとか怒りを我慢しているみてえだ。

 まあ、あそこまで言われたら、そうだよな。

「こっちだってお前みたいな奴に教えて貰う事なんてなにもないんだよ。それに、お前こそ外見以外になんの取り柄があるって言うんだよ」

 クリスは椅子から立ち上がると、ガキの横に立って顔をのぞき込む。

「まず、僕はあなたより頭がいい。それに、拷問に耐える事が出来るくらいの忍耐力もある。それに……」

 クリスはガキから目を離さずに正面に回った。

「セックスだってあなたより上手い」

 クリスはガキの目の前で立ち止まると、挑発するように笑った。

「試してみる?」

 その言葉を聞いて、ガキはクリスのシャツを掴むと、自分に引き寄せてキスをした。

 多分クリスの生意気な口を塞ぎたかったんだろう。

 ガキはクリスから唇を離すと、勝ち誇ったように笑った。

「大人をからかうもんじゃないよ」

 すると、今度はクリスがガキの服を引っ張って顔を近付ける。

「ねえ。それで僕が大人しくなるとでも思ったの?」

 クリスは挑発的に笑った。

 そして、ガキにキスを返すと、唇をチロリと舐めた。

「キスって言うのはね、こうするんだよ」

 クリスはガキの服から手を離した。

 なんだ?

 クリス男前か?

「これじゃあセックスの方も知れてるね」

「じゃあ試してみるか? 泣き言を言うなよ?」

 完全にガキは怒ってやがる。

 問答無用でクリスを床に押し倒した。

「へえ。そう来るんだ」

 クリスは不敵な笑みを浮かべた。

「じゃあ僕があなたに、特別にテクニックを教えてあげるよ」


『お花畑だ!』


 俺は二人の行為を楽しもうと思っていたんだが、ガキがブチ切れて、クリスのズボンを乱暴に脱がせたあたりで、止めに入っちまった。

 ダメだ。

 クリスが他の奴に抱かれるのは見ていられねえ。

「ちょっと待てクリス!」

 俺はガキを突き飛ばすと、腕を引っ張ってクリスを立たせた。

「なに先生? いいとこなんだけど」

 クリスが不服そうな顔をする。

「もういいんだよ」

 俺がそう言うと、クリスはため息をついた。

「まだ、落とせてない。あともうひと押しのところだったのに!」

 俺とクリスが騒いでいると、ガキが困惑したような顔になる。

「これはどういう事?」

 それに、クリスがサラリと答える。

「先生から、あなたに言い寄られて迷惑だから、誘惑して落として気をそらせて欲しいと言われたんだ」

 こいつ、全部バラしやがった!

 俺はうつむいて顔を手でおおった。

「レイ? どういう事?」

 ガキがこっちを見て来る。

 なんて答えていいか分からねえ時は、クリスに任せとけば大丈夫だろ。

「分からないの? 先生はあなたに気がないし、迷惑してるって言う事だよ」

「そうなの?」

「ああ。そうさ。ずっと俺は迷惑だって言ってただろ?」

「それにしても、こんなやり方は酷いじゃないか!」

 もっともだ。

 俺もそう思う。

「それ程あなたが嫌いだって言う事だよ。あなたを好きになる人は沢山いるだろうし、他を探した方がいいんじゃないかな?」

 クリス黒いな。

「そうだな。こっちだってこんな事をして来るような相手は願い下げだ!」

 ガキはそう言って教室から出ていった。

 俺はなんだか、ものすごく恥ずかしい気分になった。


「先生? 最初は最後まで見てるつもりだったよね?」

 押し倒された時の事を言ってるんだろうな。

「すまん」

 俺は謝るしかない。

「僕に簡単に人と寝るなって言いながらこういう事するの、これが二回目だよね?」

「すまん」

「僕は先生と違って、誰かの見てる前でやる趣味はないから。仕返し、覚悟しといて」

 クリスはそう言うと教室を後にした。


 仕返しは怖いが、俺の当初の目的は達成出来た。

 しかし、最後にバラしたのも含めて、これは全部クリスの計算だろう。

 仕返しするとか言ってやがったが、もう既に仕返しずみの気がしねえでもねえ。

 相変わらずクリスのやる事はえげつねえ。


 しかし、クリスの男前な面を見れたのは収穫だった。

 それに、盗撮にも成功したし、これも今後のおかずとして使わせて貰うとしよう。

 俺は満足のいく成果にニヤリと笑った。

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