謀略編(十四)

 授業に来たクリスの首にあとがついてやがる。

「首、ちょっと見せてみろ」

 昨日は絶対になかった痕だし、見た感じキスマークっぽい。

「お前、また誰かと寝たのか?」

 こいつは、ほっとくとすぐ寂しいとか言って男と寝るから始末に負えねえ。

「うん。さっき」

「さっき〜?」

 俺は軽い調子で言ったクリスの告白に、思わず声が裏返っちまった。

「うん。授業でやったんだ」

 クリスの言葉に俺は静かに怒りを覚える。

 授業でクリスを抱くとか、そんな授業がある訳がねえ。

 俺は自分の事は遥か彼方の棚の上に放り投げた。

「今、ここで、どんな状況でやられたか言ってみろ」

 俺はクリスの体をチェックする為にズボンを脱がす。

 入口が少し切れている上に、中に僅かに体液が残っていやがる。

「先生、放して!」

 クリスは俺から立ち上る怒りオーラに気付いたのか、俺から逃げようとする。

「誰に、どういう状況でやられたか言ってみろ」

 俺は極力怒りを出さないように聞いてみた。

 俺の声が震えてるのは気の所為せいだ。

「だから、やましい事はなにもないって」

「お前になくても、相手がやましいかもしれねえじゃねえか。第一、ガキを犯すってどういう授業だよ」

「先生の授業で、僕はいつも犯されている訳だけど?」

 クリスが反抗するが、俺の事はどうでもいいんだ。

 本当に授業でやってるんだから問題ねえ。

「俺のはいいんだよ。だから、早く言ってみろ」

 こいつはきつい調子で問い詰めると、なにも答えなくなるから、優しく言うように心掛けねえといけねえ。

 怒鳴りつけたら喋る相手の方が、なんぼか楽だ。

 まあ、こう言うところが俺の好みだから文句は言えねえが。


 クリスはやれやれと言った感じでため息をつく。

「演技の授業で、感じる演技の勉強をしただけ」

「こんなガキに、そんな演技を教える必要はねえだろう!」

 そもそも、そんな事は俺が教えてるんだから、わざわざ教える必要はねえ!

 自分勝手なのは百も承知だが、俺以外にクリスに手を出す事は許さねえ!

「僕に言われても知らないよ」

 ヤバイ。

 クリスの機嫌を損ねると喋らなくなる。

「どう言う話の流れでそうなったんだ?」

 俺はトーンダウンするよう努める。

「授業に行ったら、今日はいつもと違う授業するけど誰にも言うなって耳元でささやかれた」

 その時点で怪しさ大爆発じゃねえか!

 つうか、口封じ通じてねえぞ。

「それを世間では性的虐待せいてきぎゃくたいと言うんだ。覚えとけ」

 クリスはいぶかしそうな顔をする。

「授業じゃないの?」

 相変わらずこいつの反応はおかしい。

 やっとだまされた事に気付いたらしい。

「俺の授業以外でそんな事をする奴は、絶対よからぬ事を考えているから従うんじゃねえ」


 クリスは下を向いて考え込んでいる。

 まさかとは思うが傷ついてるんだろうか?

 信頼していた教師だったとかそういうオチか?

 もしそうなら、色んな意味で許せねえが。


「僕は騙されていたと言う事?」

「まあ十中八九じゅっちゅうはっくそうだろうな」

「先生……」

 クリスは思い詰めたような声を出して俺の袖を掴む。

「先生の人脈ってどのくらい使える?」

 ん?

 こいつ仕返しする気だな。

「授業のプログラムを組んでる奴には顔が効くが」

 クリスは爽やかな顔をして俺の方を向いた。

「先生が使える人脈を書き出してよ。あとは僕が使える人脈も全て使おう」

 俺の人脈はいいとして、こいつサラッと変な事言わなかったか?

 クリスの人脈ってのは、こいつが誘った男って事か?

 あれは、人脈作る為にやってんのか?

「お前の人脈ってどんな奴がいるんだよ?」

「そんな事はどうでもいいんだよ。僕の方は僕でやるから!」

「どうでもいいとかじゃなくて、純粋に知りてえんだが」

「そんな事教えたら、先生、殴り込みに行くでしょ?」

 やっぱりこいつの寝た男か!

 確かに殴り込むだろうが、気になって仕方がねえ。

「そんな事より、先生は僕の言う通りに動いたらいいんだよ」

 俺をこまの一つみたいに言いやがった!

 まさか俺の事も利用してるだけとか言わねえよな?

 俺は思わず陳腐ちんぷな問い詰め方をしそうになって慌てた。

「ほらよ」

 俺は修羅場の恋人みたいな台詞セリフを飲み込んで、クリスに紙を渡してやった。

「ありがとう」

 クリスはそれを受け取ると、しばらく考えてから俺の方を見た。

「まずは、この人に連絡をとってよ。言う事は僕が指示するから」

 クリスが黒い笑みを浮かべて紙を指さした。


 で。

 翌日、俺のところに演技の教師が運ばれて来た。

 拷問して罪状を吐せろって事だったが、そこまでしなくても普通は詰問位ですむ筈だ。

 そして、その後処分が決定して終わりだろう。

 それをクリスが謀略を巡らせて、俺のところに来る事になった。

 ただし、あんまりおおっぴらには出来ねえらしく、目立つところに傷をつけず、軽傷ですませてくれって言われている。

 まあ、制限付きじゃああるが、クリスを犯した奴をいたぶれるなら、これ以上の喜びはねえ。


「届いてる?」

 どうやら授業時間になっていたらしい。

 クリスがニコニコしながら俺の仕事場にやって来た。

「進捗は?」

「まだなにもしちゃいねえ。軽傷ですませろとか条件が厳しいからな。今、拷問用の機械を取り付けてるところだ」

 ちなみに拷問の機械というのは、脳に痛みの信号を直接送り、相手を傷付けずに痛めつけられる魔法の機械だ。

 ただし、加減を誤るとショック死させる可能性もあるので注意が必要だ。

 まあ、クリスなら加減は分かってると思うがな。


「じゃあ、拷問用の注射も使おうか」

 クリスが俺に左手を差し出す。

 俺は準備をしてクリスに注射器を渡してやった。

「先生、腕押さえてて」

「あいよ」

 俺はクリスに言われて教師の腕を押さえる。

 教師はビビりまくって必死で逃げようとしてやがるが、放してやる義理はねえ。

 クリスは教師の目の前で注射器の空気を抜いた。

「これは感覚が十倍になる薬だ。効果は五時間。その間は気絶する事が出来ない」

 クリスはそう言って針を刺す。

「でも安心して。常習性や副作用はないから」

 そして、薬をゆっくりと注入した。


「ねえ? 僕を騙して楽しかった?」

 クリスは機械の設定をしながら、男の顔をのぞき込む。

「いや、騙した訳じゃない」

 やめりゃあいいのに、言い訳をはじめやがった。

「じゃあ、なに?」

「授業だよ。仕事をする時に知らないと酷い目に合うと思ったんだ」

 教師はクリスなら騙せるとでも思ったんだろう。

 ペラペラと御託ごたくを並べはじめた。

「そうだね。授業だ。悪い大人に騙されない為のね。それに僕はまんまと騙された訳だ」

 クリスは機械の設定レベルを一段階上げた。

「でもね。僕は正直者だから、あなたを騙したりはしない。今から僕がするのはね。本当に仕事をする時に役に立つ、拷問に堪える為の授業だよ」

 クリスの微笑みはどこまでも黒かった。

「さあ。授業をはじめようか」

 クリスはそう言って機械の電源を入れた。


 こういう裏工作とかは俺の専売特許なんだが、クリスのやり方は本気でえげつなかった。

 俺には絶対に真似出来ねえ芸当だ。

 九歳でこれとか、本当に末恐ろしいガキだ。

 俺はこいつの頭が驚く程いいってえのを信じちゃいなかった。

 こんな男に騙されるとか、どう考えたって頭悪いと思うだろ?

 だが、今回の件で俺は得心とくしんがいった。

 こいつは間違いなく天才だ。


 頭のキレといい性格といい、クリスはなにからなにまで俺の好みだ。

 すぐにでも押し倒してえところだが、そんな事をしたら確実に殺されるのは分かりきってる。

 だが、黒い笑みを浮かべながら相手をいたぶるクリスを見て、俺は生理現象を抑える事が出来ねえ。


「クリス。ちょっと席外すが、そいつ殺すなよ」

「分かった。じゃあ後で先生殺すね」


 ヤバイ!

 バレてる!

 演技の教師には簡単に騙された癖に、なんで俺の時だけ勘がいいんだよ!

 俺は命の危険を感じつつも、とりあえずトイレに向かった。

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