第2話 イシグサレ

「あれ? どうしたの大地だいち。今日は日曜だよ」


 玄関を開けると、通りに居たのは幼馴染の涼音すずねだった。

 どうやら庭の木々に朝の水やりをしているらしい。

 ちなみに涼音の家は、通りを挟んだ向かいだったりする。


「い、いや、ちょっと裏の神社に行ってみようと思って……」


 恥ずかしくて正直に言えなかった。カナメイシが無事かどうか確認したいだなんて。

 そもそも石があったこともうろ覚えだし……。

 すると涼音は、驚くべきことを口にしたのだ。


「裏の神社って熊野神社だよね? 最近ね、郷土博物館ですごいこと教えてもらったんだ。あの神社にはね、過去の災いの証拠となる石があるんだって」


 ええっ、過去の災いの石!?

 それって正にカナメイシじゃないか!

 でもカナメイシは災いの証拠じゃなくて、災いを抑え込んでいる石じゃなかったっけ?


「災いの証拠?」

「そう、この地域に災いが降りかかった証拠」

「そんな石があるのか?」

「そう、イシグサレって言うの」


 イシグサレ?

 何だそれ?

 疑問と同時に安堵が俺の心に広がる。涼音が話していたのはカナメイシじゃなかった。


「そうだ、今から見に行かない? 日曜なんだし、大地も暇でしょ?」

「えっ?」

「あれ? 神社に行こうとしてたんじゃないの?」

「あ、まあ、そうなんだけど……」


 有無を言わさず涼音に手を引かれる。強引なところは相変わらずだ。

 裏山の神社は、お互いの家から数十メートルのところにあった。

 石造りの鳥居をくぐると彼女は俺の手を放し、ぴょんぴょんと石段を駆け上る。腰の動きに合わせて萌黄色のフレアスカートがひらひらと揺れていた。


「おいおい、そんなに飛び跳ねたらパンツ見えちまうぜ」


 本当は朝陽がまぶしくてパンツなんて見えないんだけど。

 すると振り向く涼音からいつもの返しが飛んで来る。


「そんなの子供の頃から散々見てるでしょ? 私だってあんたの腐るほど見てるし」


 ああ、涼音はまだ俺のことを幼馴染として見てくれているんだな。

 どんどんと魅力的になっていく彼女。俺の身勝手な不安を払拭するためには、そんな確認作業がたまに必要となる。

 そういえばここでよく一緒にじゃんけんしたっけ。チョキで勝ったら六段上がれるんだったとほくそ笑む俺は、「チヨコレイト」と呟きながら涼音の後を追い駆けた。

 五十段ほど上ると、そこは広い境内になっている。

 そして、境内の奥の石灯籠の前に大きめの石が見えた。


「あの石……」


 地震の夢を見た時、カナメイシじゃないかと脳裏に浮かんだ石。

 しかしすぐさま涼音に否定される。


「あれじゃないよ。あれは力石。その昔、力比べに使われた石だよ」


 そうだったのか……。

 力比べに使われた石ならカナメイシの可能性がある。状態は子供の頃の記憶のまんまで、特に異常があるような感じはなかった。

 ほっと胸を撫で下ろす俺に向かって、涼音は提案する。


「イシグサレはね、本殿の横にあるの。その前に一緒にお参りしましょ」


 二人、本殿の前に並んで手を合わせる。

 一緒にお参りしたのなんて何年振りだろう。

 ――今の二人の関係がずっと続きますように。

 そんなことはあり得ないのに。あの頃は背の高さも同じくらいだったが、今は俺の方が二十センチは高い。


「これがイシグサレ。土の中に丸い石が沢山あるでしょ?」


 本殿の横に移動すると、涼音は小さな崖を指差す。

 そこには土の層の中に無数の石が含まれていた。


「この地域に大きな災いがあった証拠なの」


 俺はこの後、イシグサレの正体を知ることとなった。

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