13. 責任逃れ
「咲良ちゃん」
「お疲れ様です」
咲良はコンビニで坂野の情報を得た後、紅音からの電話で合流することを提案した。
「それで、その坂野というコンビニ店員がふたり組を知ってるんだって?」
紅音と一緒に行動していた裕武も一緒に行動することになった。
「はい、喫煙スペースの映像にふたりと話す坂野が映っていました。間違いありません」
「それにしても、すごい偶然ね。立ち寄ったコンビニで偶然話を聞いた店員が事件に関わってるなんて」
「一条は強運の持ち主なのかもしれないな。刑事としては恵まれてる」
確かにこれは完全に運によるもので、実力で辿り着いた答えではない。あの警官、夕月が話しかけてくれたから立ち寄ったコンビニで得た情報だ。
であれば、強運を持っているのは咲良じゃなくて彼女だろう。
この話はおいおいしよう。今は坂野に話を訊くことが最優先だ。
電話で話をするつもりだったが、前回の事件のように追い詰められた犯人が自殺をしたり、逃げたりされると事態は最悪の方向に進む。
直接話して、逃げるようなことがあればすぐに捕まえることができる体制を整える必要がある。
彼は二十歳の大学生だが、インターネットに動画を投稿して有名になろうとしているらしい。コンビニで女性店員が彼の動画チャンネルを教えてくれた。
再生数や知名度を上げるために、あらゆる人に宣伝しているらしい。ひとつだけ動画を開いてみたが、咲良にとっては何が面白いのか理解に苦しむ有名人の裏情報を暴露するものだった。
それも真偽が定かじゃないよくあるゴシップで、行動を起こすタイプの人間なら訴訟を起こされても不思議はない悪趣味な動画だ。
こんなもので有名になることなどあるのだろうか。いや、そんなことはどうでもいい。
咲良は思考を切り替えた。
喫煙スペースで坂野とふたりの男がしていた動画の話は、このチャンネルに関係があるはずだ。
三人は坂野が住んでいる学生マンションを訪ねたが、彼は不在だった。まだ大学にいるのかもしれない。
「どうします? 待ちますか?」
「そうね。どこにいるかわからないし、待ってたら帰ってくるでしょ」
今日は彼のシフトが入っていないことを咲良は確認済みだ。いつになるかわからないが、彼が帰ってくるまで三人で待つことにした。
紅音は課長に報告したいことがあると電話で話すためにしばらくその場を離れ、咲良と裕武はマンションのエントランスが見える場所で待機する。
「そういえば、例のコンビニの前で刑事になりたいって言う女性警官と話しました」
咲良は何気なく、ただ黙っているのも気まずかったので夕月の話をすることにした。彼女は紅音のような刑事を目指す若い芽だ。いつか同じ舞台で協力できたら、と願う。
「へえ、まだ若いのか?」
「多分二十代半ばくらいですかね。夕月さんっていうんですけど」
「夕月?」
裕武は眉間に皺を寄せて咲良を見つめる。何か怖い話でも聞いたかのような反応だ。
「その警官の名字は?」
「そういえば、聞いてませんでした。綾瀬中央署管内の交番勤務なんですかね。紅音さんと少し似ている綺麗な女性でしたよ」
「そうか」
「あ、柴田さん。綺麗だからって会いに行かないでくださいね。浮気になりますよ」
「そんなんじゃない」
場を和ませるために放った咲良の冗談を、裕武は真剣な表情でねじ伏せた。
何か気に触ることを言ってしまっただろうか。咲良は理由がわからないまま後悔したが、一度口から出た言葉を飲み込むことはできない。
「一条、その話、班長にはするな」
「え、どうしてですか? 紅音さんに憧れて刑事になりたがってるって言ったら、喜ぶんじゃないですか」
「いいから。その話は胸の中に仕舞っておいてくれ」
「・・・はい、わかりました」
いつもと違う裕武の様子に、ただならぬ何かを感じた咲良は大人しく彼の言葉に従うことにした。
裕武が笑顔でいることはほとんどない。いつも真剣な顔で事件と向き合っている彼だが、今回の表情は本当に恐怖を感じさせるほどのものだった。変化の少ない表情の中にも優しさや温かさを感じさせるいつもの彼ではない。
「ごめん、電話長引いた。坂野はまだ帰ってないわよね」
「ええ、まだです」
電話を終えて戻った紅音の前の裕武はいつもの彼だった。彼らにしかわからないことがきっとあるのだ。
海渡の過去のことも、咲良はまだ何も知らない。まだ配属されたばかりだが、彼女は蚊帳の外にいるようで寂しい思いだった。
マンション前で待機を開始してから二時間が経ち、金髪でピアスを付けたいかにもチャラい男が暗くなった道を歩いてエントランスに向かう。
咲良は間違いなくその人物が坂野であることを確信し、マンションのエントランスに向かった。その背後を紅音と裕武が追う。
「坂野さん」
「あ、刑事さん」
坂野は咲良の顔を見た瞬間に驚いた様子を見せた。紅音と裕武はその様子から、彼が後ろめたい何かを隠していることを悟った。
「あなたは公園で事件のあった日の夜、コンビニのアルバイトは休みでした。午後九時頃、どこにいましたか?」
「えーっと、部屋で勉強を。大学生ですから、課題とかあるし」
彼は嘘をついている。
咲良はその証拠を彼の眼前にかざした。喫煙スペースの動画をスクリーンショットで印刷したものだ。そこには坂野とふたりの男が煙草を吸っている様子が写されていた。
「事件があった日の夜九時頃、あなたは公園付近の駅前にいたことがわかっています。そして、一緒にいるこのふたり。彼らは事件の容疑者です。彼らのこと、教えてもらえますか?」
「いや、その・・・」
「私は彼らが、公園で悪戯をしていた人物だと思っています。あなたは彼らのことを知っていた。違いますか?」
「違います」
坂野はおどおどした様子だったが、顔を上げてはっきりと否定した。その言葉に嘘はなさそうだ。
「どう違うんですか?」
坂野は黙ってしまった。
後ろめたいことがあるのは明白だが、真実を知るためには彼の証言が必要だ。紅音と裕武は咲良の背後から様子を確認しつつ、彼が逃げ出してもすぐに追いかけられるように準備をしている。
「彼らは悪戯をしていた人間とは別なんですよね」
咲良の言葉に、坂野は動揺した。瞬きの回数が増え、特に暑くもないのに冷や汗をかく。
「公園で起きていた悪戯は通行人を背後から押して転倒させるものだった。だけど、亡くなった被害者は前から押されて後ろ向きに倒れた。今までとやり方が違う。だから、私はこのふたりと悪戯は無関係なのではないかと考えました」
咲良がじわじわと坂野を追い詰めていくが、それでも彼は口を堅く閉ざす。黙っていても解放されることはないというのに、悪あがきを続けるつもりらしい。
「いつまで黙っているつもりだ。命がなくなったんだぞ。ことの重みが、お前にはわからないのか」
突然裕武が坂野に向かって口撃した。その声色には、先ほど咲良が感じた恐怖が含まれていた。
振り返って裕武の顔を見たい衝動に駆られたが、それをしなくても彼が先ほどと同じ顔をしていることは明白だ。
そして、それはとても怖いもの。
「俺はやってない。やったのはあいつらだ。俺は悪くない。悪くないんだ」
「署まで来てもらえる? それと、このふたりのこと、詳しく教えて」
紅音が一歩踏み出して、坂野に話しかけた。彼女もまた、裕武と同じでいつもの穏和な彼女からは想像がつかないような鋭い声を放った。
紅音と裕武と合流する前、紅音から電話で悪戯についての証言を教えてもらった。悪戯をしていたのは、どうやら小太りの小柄な中年の男だそうだ。正体は不明だが、この事件で公園から逃げたふたりとは容姿がまったく一致しない。
ようやく、犯人に手が届く。
咲良は決着に向けて気を引き締めた。
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