第67話 最終話







 ……暗く、音もない世界がずっと広がっている。



 偶に見えるのは、自分が体験してきたのであろう些細な記憶。




       誕生日パーティ


                修学旅行


    初めてのお泊り会             夏休みに行った海


                                 好きな漫画


       正月に炬燵で見たお笑い番組


                       運動会で取った金メダル


   ずっとやっていたサッカー


                友達との殴り合い、仲直り


     初恋         

             

        親子喧嘩


              一人暮らし



 


       友と、親の顔――――――





 どれだけ見たのだろう、気付けば流れる涙をそのままに、最後のページを捲る。


 そこにあったのは、








          ――――ラヴィナ、カリスト、愛しい2人の笑顔。








 彼は笑った。


 思い出に浸っている場合ではない。


 外で待っているのは誰だ?


 今を見ろ。


 彼は大切なアルバムを心にしまい、出口へ向かって歩いて行く。


 過去のしがらみこれにて終了。



(……楽しいのは、こっからだろうが)



 勢いよく、現実への扉を開け放った。









 ――ラヴィナは胸から溢れ出す熱いものを我慢せず、万感の想いを乗せて伝える。



「……おかえりなさい」



「……あぁ。ただいま、ヴィーネ」




 起き上がった彼は、塊ではなくちゃんと人の形をしていた。

 しかしその身長は、当初の半分以下になってしまっている。小さいカズナだ。


「そんな泣くなって」


「……どれだけ心配したと思っているの?」


 カズナは頬を流れる涙を、小さくなってしまった手で掬ってあげる。


「……どれくらい寝てた?」


「18時間」


「そうか、思ったより短かったな」


「殺すわよ?」


「ごめんなさい」


 容赦の無い眼力に、彼は早急に謝罪する。

 裸であることに気付き羞恥するそんな彼に、ラヴィナは1つの質問を投げた。


「……やっぱり、こうなることを見越していたの?」


「危険すぎる賭けだったけどな」


「……よくもまぁ、私の前でそんなことが言えるわね」


 カズナは再び謝りながら、立ち上がって岩に腰掛ける。


「……あのドライアドは、確実にカリストが殺した。樹形種のダンジョンマスターは死ぬ時、自分ごと大樹に呑み込ませた。そうだろ?」


「ええ」


「ドライアドに蘇りの力は無い。だとすると、あのダンマスが死者蘇生のスキルを持っていたか、樹形種という種族に秘密があるかのどっちかな訳だ。

 この種族を手にした時流れ込んで来た情報で、1つ面白いのがあってな、樹形種の中には、死にそうになった時、自分の生命力を使って仮死状態の種となり、後に外部からの魔力を吸って蘇る個体がいるんだよ」


「…………そんなの、もしあなたがその特性を使えなかったら、あそこで死んでいたのよ?」


「だから賭けなんだよ。あのダンマスは自分のスキルやら何やらを供物にしたんだろうが、生憎俺は捨てられる様なもん持ってないからな。樹形種の権限そのものを対価にくれてやったよ。……ギリ足りなかったみたいだけど」


 小さくなってしまった身体に、カズナは残念だと笑う。


 そんな彼を見るラヴィナは、反対に深い深い溜息をつく。


「……呆れた。何の確証もなく真っ二つにされに行ったのね」


「え、俺真っ二つにされたの⁉︎」


「そうよ、その後は肉塊になって転がっていたわ」


「ヒェっ……」


 自分の悲惨なその後に、カズナは絶句する。


「……」


 呑気に青ざめる彼を見て、彼女は切り出した。


 ずっと聞こうと思っていたことを。カリストの前では聞き辛いことを。





「ねぇ、愛しているわ」





 カズナは一瞬びっくりするが、まるで分かっていたように平静を取り戻す。


「……いきなりだな」


「あなたを肉塊にした相手とのやり取りでね、非常に不愉快なことだけれど、あの女と私に似たモノを感じたのよ」


 揺れる湖面を見つめながら、彼女は続ける。


「私もずっと考えていたの。この感情がなんなのか。

 配下が主に向ける忠誠にしては、熱っぽくて、溶けてしまいそうで……心地よかった」


 ラヴィナに見つめられ、カズナの心臓がドキリ、と跳ねる。


「あの女の言動で、これが愛なのだと分かったわ。家族間に出来るものではなくて、男女間に生まれるそれね」


「……1人の女として見てくれってことか?それならもう」



「そうね、私を好きになりなさい」



「…………へ?」


 あまりにもドストレートな要求に、カズナの目が点になり、次いで吹き出してしまう。

 そんな彼をラヴィナは睨む。


「……何よ」


「ふふっ、いや悪い。……嬉しいぜ、素直にな」


 言われたラヴィナは澄ました顔をしているが、肌が仄かに朱色を帯びている。


 カズナから見れば丸分かりなのだが、それを表に出そうとしないのが、また何とも愛おしく、



 ……そして、申し訳ない。



「……それ、その顔よ。私を見る時にたまに見せる、その顔、大嫌いっ」


「え?」


 唐突なラヴィナの怒気に、カズナは驚く。


 彼女は今まで向けられてきた『罪悪感』に近い感情を、ふざけるな、と睨みつける。


「…………私のこの感情は、生まれた時からあったわ」


「っ……」


 聞く人が聞けば、何を言っているのか分からない言葉。


 しかしそれは、確かな重みを持ってカズナに届いた。


「……今思い返せば、生まれた瞬間から私はあなたを愛していた。最初は意識できない程小さな感情だったわ。でも、徐々に、徐々に大きくなっていった。

 まるであなたと触れ合う内に、私自らが抱いた感情だと錯覚する程、自然に」


 揺れる湖面を見ていたカズナは、力なく笑いラヴィナに顔を向ける。


「……軽蔑するか?」


「まさか、バカ言わないで。私の愛が偽物だなんて、誰にも言わせないわ。私が知りたいのは真実だけ」


 カズナはもう1度彼女から目を逸らす。

 純粋な視線から、逃げる様に。


「……なぁヴィーネ。豊かな感情を持つ生物を縛るのに、1番効果的なモノって何だと思う?」


「……分かりません」


 カズナは彼女に向き直る。

 これだけは、逃げてはいけない。


「俺はな、愛だと思ってる」


「……」


「それが血縁の愛でも、男と女の愛でも、中身が本物ならば、切ることの出来ない鎖になると思っている。勿論、内側からも、外側からもだ。

 相手を依存させたいなら惚れさせてしまえばいい。

 人質を取るなら愛し合っている者同士が1番。

 ……俺はそう思っている」


 ラヴィナは思う。

 今までかけられた甘い言葉も、心に響く様な演説も、その全てに彼の計算が乗っていたのだ。


「……なるほど。理に適っています」


「……俺はお前に、生涯の鎖を強いたんだぞ?」


 カズナは納得している風なラヴィナに、もう一度念を押す。


 しかし、




「えぇ、要するに、私の永遠の愛を受け止めるだけの覚悟が、あなたにはあるってことよね?」




 その言葉に、カズナが放心する。

 今度こそ、開いた口が塞がらなくなった。

 逆転の発想にも程がある。

 バレても嫌いになれないようにしたのは自分だが、まさかこう来るとは予想外だった。


「いやぁ、……マジか」


「何ですか、ないんですか?」


 顔を赤くして凄むラヴィナ。


「くふふっ、恥ずかしがるか詰め寄るか、どっちかにしてくれよ」


「あなたのせいでしょ」


「そりゃそうだ。……」


 カズナは強張っていた身体の力を抜き、湖面に身を投げた。

 盛大に頭を冷やし、目を開ける。


「よし分かった。俺もヴィーネのことを全力で好きになろう。その代わりアピール頼むぞ?愛していないのに、愛してるって言うのは嫌だからな」


「望むところよ。これで大義名分ができたもの」


「なははっ。まぁ、ヴィーネの姿は俺のドストライクだし、好きだと言われた相手を気になっちゃうのが男の子だしな。すぐに落ちる気がするけど」


 自分のことをよく分かっているのか、自信満々にサムズアップするカズナ。


 しかしラヴィナは、嬉しくも少しだけ引っかかった。


「……カズナ、どう?」


 幻覚を纏い、人型に変化する。


「ん?綺麗だが?」


「……そう」


「……あ、なるほど。人型に赤面する俺が、元の姿に興奮しないのでは?と不安になったと見た」


「……分かっても、あまり口にすることではないわよ」


「バカめ。俺も異形種だぞ?その王たる俺が美しいと言っているんだ。そんなもん美しいに決まってるだろ」


「え、えぇ」


「それともなんだ?俺が生み出したヴィーネを美女ではないと申すか?あぁそうかそれならば戦争だ。問答無用だ受けてたとう」


「わ、分かったからっ」


「確かに人型に引っ張られているのは自覚するが、俺がお前以外の人型に見惚れたことがあるか?……カリストは、まぁ例外な。

 つまりだ、俺の好意の対象は異形種のヴィーネがあってこそなんだよ。たとえお前の外見の人間が歩いていても、俺ぁ何とも思わないぞ?俺はな、ヴィーネだから見惚れたし、欲情を掻き立てられるんだよ!」


「もういいからっ、分かったからっ!」


 茹蛸になった彼女が、荒く息を吐きながら制止を懇願する。


「そうか、分かってくれたか」


「……本当にこんな人に惚れていいのか、疑問に思えてきたわ」


「ドンとこい」


 彼女は腕を広げるカズナを半眼で睨み、顔に溜まった熱を溜息で逃がす。


「はぁ、……最後だけど、カリストにも何かしらの縛りを付けているんでしょ?」


「っ……どこまで見えてんだよ」


「大方、『独占』てところでしょ?

 あなたのスキル『召喚干渉』の本当の力は、召喚した配下の深層意識に、漠然とした感情を植え付けること。配下の造形は単なる副次効果。違う?」


「……恐ろしいな」


「こっちのセリフよ。何も考えて無さそうなのに」


「一言余計な」


 カズナは今度こそお手上げだった。

 小さなヒントからここまで導き出したラヴィナの洞察力、推理力、自分が相棒として創りだした配下の恐ろしさに、ようやく気付いたのだ。


 彼は頭を振り、降参の意を示す。


「……他に聞きたいことは?」


「今は無いわね。その都度聞いていくわ」


「ははっ、……まだ俺のこと好きか?」


「愚問ね」


 カズナはまっすぐな彼女の言葉に尻込みしそうになるが、彼自身やり方や考えを曲げることはない。

 ただ、ラヴィナとは真摯に向き合っていこう、と改めて心に決めた。


 とそこへ、


「……カズ、ナ?」


 大樹から飛び降りた紅蓮の幼女が、小さな主を見て目を見開く。


「――ぅうッ」

「っと」


 ごちゃ混ぜな感情で瞳を潤ませる幼女が、勢い良くカズナの胸に飛び込んだ。


「おぉっ、えらく小さくなったもんだ」


「すまないっすまないっ、妾のせいで、妾のせいでぇっ」


「……心配かけたな」


 カズナは微笑み、泣き喚くカリストの頭を優しく撫でる。



 ラヴィナはそんな光景に、とても幸せそうな瞳を向けるのだった。















 真っ暗な地獄の底は、無限の未来に繋がっている。



 徘徊する化物は、世界を潤す糧となる。



 さぁ、人類よ。



 己を矛とし、潜り続けろ。





 ――――『ダンジョン』はそこに在る。





                                  〜Fin〜

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