第66話 友と涙




 静かに流れる清流の音が水面を揺らし、大樹が陽光を遮り木漏れ日を落とす。


 ここはカズナが初めて異世界に降り立った場所、苔生す自然に囲まれた、森の湖。


 その中心に、1匹の異形が座っていた。


 彼女は傷付いた我が身など気にせず、沢山の目に濃い隈を浮かべ、必死に回復魔法を行使する。


 足元に置かれた、黒い肉塊に向けて。


「……どうじゃ?」


 そこへ現れる、もう1人の異形。


 カリストは痛々しいラヴィナに近づき、肉塊を見て頬を歪めた。


 そんな彼女の肉体も、元の半分程のまま。その肌には、過剰に使い過ぎた呪いの影響が痕を残していた。


「……」


「……あまり無理をするでないぞ」


「……えぇ」


「……」


 跳躍し再び見張りに戻るカリストに、ラヴィナは申し訳ない気持ちになる。


 辛いのは皆同じなのに、どうしても冷たく当たってしまう。

 何かが入り込む心の余裕が、今の自分には無かった。


 カズナをこの場所に運んでから半日。ラヴィナはカラカラの魔力を絞り出し、ずっと彼に回復魔法をかけ続けていた。


 彼女は苔の上に置かれた、黒色の肉塊を撫でる。

 微かに温かく、鼓動もしている。生きているのだ。凡そ生物の形をとっていないが、確かに生きている。


「………お願い、早く起きて」


 泣きそうな声に返事はなく、今までと同じ静寂が辺りを満たす。


 彼女は引き続き、魔法をかけるのだった。



 

 ……ヒラヒラと舞う木の葉を、燃える掌で受け止める。それは抵抗もなく、儚く形を失った。


「……妾はどうすれば良かったのじゃ」


 1番近くにいた。手の届く場所にいた。それなのに何もできなかった。


 誰よりも1番責任を感じているのは、言わずもがなカリストであった。。


 ずっと考えていた。自分はどう動けば良かったのか、どう動けば、カズナがああならずに済んだのか。


 ずっと考えても答えは出ず、ただただ、先のない自責の念に圧し潰されそうになるだけ。

 本当に突っ込んで来るなど、誰が予想出来ようか。


 もう、どうすればいいのか自分でも分からず、縋り付きたい気持ちが溢れるが、その相手は寝たきり。


 彼女の頬を一筋の雫が伝い、蒸発する。


 赫々とした彼女の顔には、見え辛いがしっかりと、泣き腫らした跡が浮かんでいた。

 


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