第62話 血と狂愛
――第4階層の焼け爛れた大地を魔樹が埋め尽くし、曇天からは細雪が舞う。
光が乱舞し、黒炎が踊り、氷牙が突き立ち、全てを魔樹が飲み込み、大爆発、階層が揺れる。
悪意を持つ乱入者の登場により、一気にピンチへと追い込まれたラヴィナとカリスト。
2人は全力で協力し合いながら、光剣と魔樹の猛攻を何とか捌いていた。
新しい敵が来たからと言って、さぁ3人であのドライアドを殺しましょう、などとは当然ならない。
ダイアナにとっては全員が遊び相手であり、殲滅対象なのだ。
縦横無尽に暴れ回る彼女こそ、今この場で最も邪魔な存在である。
極光を魔樹で相殺したドーラは、2人に斬りかかるダイアナを鬱陶しそうに睨む。
どうにかしてあの人間をこの場から消したいのだが……。少し考えたドーラは、そこで妙案を思い立つ。
「ちょっと、目玉の貴女?」
「あ?」
突然話しかけられたラヴィナが、返事と一緒にとりあえず雷撃を落とす。
「あの人間に通訳して欲しいのだけれど、いいかしら?」
「……何を」
「いいからいいから」
軽く雷撃を弾いたドーラを、ラヴィナは訝しむ。しかし少しでも時間が稼げるなら、とダイアナに竜巻を叩きつけた。
「あのドライアドが、貴女に話があるそうよ」
「む?何だ」
竜巻を切り裂いたダイアナに、ドーラが笑い掛ける。
「そう言えばここに来る途中、人間の一団を見たの。森の中と、門の前にもいたわね」
ダイアナの動きが止まる。
「いきなり攻撃してきたから、ムカついて大量の眷属召喚しちゃったけど……、あの人達、無事かしら?」
瞬間、ダイアナの姿が搔き消える。
瞬きで眼前まで迫った光剣を、ドーラが魔樹で受け止めた。
「……貴様、楽に死ねると思うなよ」
「あらあら、速く行った方が良いわよ?――ッガフ⁉︎」
ダイアナの本気の横蹴りを食らったドーラが、魔樹諸共大地を抉り吹き飛ぶ。
戦闘を汚されたことに苦い顔をしながらも、ダイアナは地上へ向けて扉を潜って行った。
そうして彼女を見送ったドーラが、瓦礫を退け立ち上がる。
「ゲホっ、喋っている途中に蹴るなんて、常識が無いのかしら」
ドーラは口元の血を拭い、顔を上げた。
「……でも、これでようやく邪魔が消えたわね」
「ああ、貴様にしては上出来だ。褒めてやる」
周囲の魔樹を灰にして地面に立つカリストの言葉に、ドーラはクスクスと笑う。途端、茶色だった魔樹が赤黒く変色しだした。
「……貴女のために用意したの。たんとお食べ」
「「――っ」」
カリストは迎撃しようとするがしかし、直前で何かを悟り跳躍して回避する。
着地後、目を細め、赤黒い魔樹を睨みつけた。
「……耐性を持ったか」
黒炎の通りが先の数倍遅い。どういう理屈か、呪いに対して高い耐性を獲得している。
「じゃが、それがどうした。燃やせないのなら、燃やせるまで燃やせばよいッ‼︎」
黒い爆炎が魔樹を吹き飛ばし、大地を嘗め炎の海が出来上がった。
「凄い火力ね。でも、そう長くは保たないでしょう?」
「ほざけ。貴様とてそれは同じだろう」
よく見れば、ドーラの皮膚には赤い罅割れが走っている。恐らく、与えられた強過ぎる力に、身体が拒否反応を起こしている証拠。
本来触れる事すら許されない神の力、それを一介のモンスターが際限なく行使しているのだ。当然の報い。
しかしドーラとて、そんなこと理解している。理解した上で、愛する者の仇を取ろうとしているのだ。
「リョウ様はきっと、そのためにこの身体をくれたのだから!」
新たに生み出された幾千の魔樹が、波となって2人に襲い掛かる。
その狂気的な愛に、ラヴィナはどこか、共感に似た物を覚えた。
同じ状況なら、自分もきっと同じことをする。ドライアドが主に抱いていた想いは、私がカズナに抱いているモノと同じだ。
でも、……いや違う、
「……だからこそ、譲れないのよ」
ラヴィナは密かに構築していた魔法を、曇天に向けて解き放った。
「空間重力魔法……『アトラス』」
瞬間、ドーラは目を剥く。
天が、落ちた。
「――ッ⁉︎⁉︎」
様に錯覚する程の、超重力力場。
効果範囲は、第4階層全域。逃げ場など無い。
ドーラは全ての魔樹で天を支えるが、触れた側からベキベキベキッ、と破裂音をさせへし折れていく。
と同時にカリストが両手を組み合わせ、次いで引き離す。その中心に現れる、小さな黒い球体。
「――っ(あの構えは)」
ドーラは思い出す。あれに自分は殺されたのだ。
あの時よりも更に強力なのが、来る。
「『メルトバーン・デストリュクシオン』」
――チュインッ――という鋭い音と共に、漆黒に輝く光線が空気を灼いた。
刹那、大爆発。景色が消し飛んだ。
……直撃だ。
息を切らす2人は、大きく陥没したその中心を見やり、
「ふぅ、ふぅ、……クソっ」
舌打ちした。
「少し、危なかったわ」
そこに立っていたのは、黄金に輝く魔樹に守られた、無傷のドーラ。
しかしその全身には、今にも崩れてしまいそうな程ヒビが伝播している。
魔樹が放つ黄金の光に照らされ、焦土と化した大地から、鮮やかな草花が芽吹く異様な光景が辺りを埋め尽くしてゆく。
ドーラは痛々しい自分の肌を撫で、困ったように溜息を吐いた。
「……正直、貴女達に時間を使っている暇はないのよね」
「「……」」
ドーラは顎に人差し指を当て、思案気に呟く。
「貴女達の主、殺さなくちゃいけないんだもの」
ラヴィナの動きがピクリ、と止まる。
「だってそうでしょう?私だけこんな辛いなんて、不公平だもの。
同じ配下として、貴女達がどんな風に泣くのか、どんな風に叫び、絶望するのか、楽しみで仕方ないの。
……まぁ、私の悲しみには到底届かないでしょうけど」
「……しゃしゃるなよ、三下が」
まだ見ぬ未来に頬を紅潮させるドーラに、ラヴィナの眼球が血走る。
「ふふっ。……だから、どちらかと言うと、貴女達を殺したくはないのよね。泣き顔が見れないもの。
……どうしたの?怒っちゃった?」
からかう様に笑うドーラは、黙ったままのカリストに首を傾げる。
カリストは考えていた。現状の戦力で、どうすればドーラに勝てるのか。
ドーラの身体は、もう長くは保たない筈。しかし状況が好転した訳ではない。魔力も体力も、こちらは疾うに限界を超えている。2人で相手取っても、やはりまだドーラに分が傾く。
「……ラヴィナ、まだ動けるか?」
「ぁ?余裕に決まってんだろ」
「ククッ、よし。貴様は防御に徹しろ」
「……何をする気?」
「ダンジョンを消し飛ばした技を使う」
大地から生えた黒い大剣を、カリストが引き抜く。
今の自分には、あの技を完全制御する力が残っていない。この閉鎖空間で使えば、余波で敵諸共自分達も消滅しかねない。
「分かったわ」
ラヴィナが最後の魔力を絞り出し、自分とカリストを覆う。
ドーラも脈動する黒い大剣の威容に、笑みを止め魔樹を構える。
「何、それ?」
「……」
静かに微笑むカリストの顔は、危うげな清々しさを讃えていた。
「……力を貸してくれ、妾が友よ」
祈るように紡がれた言葉。
カリストは血の様なマグマが脈動する黒い大剣を、大地に突き立てた。
「『デフェル・ラーヴァ』」
ピシリ、と空間が割れる音がした。
天、地、森羅万象が黒く染まる。
制御不能の地獄が顕現し、3人を呑み込んだ。
ドーラは不可避の黒が迫る中、愛しい愛しい彼のことを考えていた。
2人で過ごす幸せな日々、永遠に来ないイフルート。
(……貴女が友に祈るなら、私は愛に祈りましょう)
「『ガーディアン・グルーム』」
黄金の大花がドーラを包み、堕ちる世界から彼女を守る。
まるで愛しい女性を抱きしめる様に、まるで新婦に愛を誓う新郎の様に。
黒が花弁を呑み込んだ刹那、眩い黄金が閉ざされた世界をこじ開けた。
「クハハっ、やはり届かないか……」
自分に迫る黄金の死を前に、カリストが愚痴る。
そして、
「――グッな⁉︎」
ラヴィナを蹴り飛ばし、防御魔法の外に出た。
途端カリストの鎧は朽ち果て、紅い溶岩の身体がみるみる呪いに蝕まれてゆく。
「貴女っ、何をしているのッ⁉︎速く戻りなさっ」
驚愕したラヴィナはすぐに彼女を守ろうとするが、カリストがそれを制す。
「見ろ、今の衝突で空間に歪みが出来た。これで第3階層に飛べるじゃろ」
「貴女、何を」
「あのクソ女ももう限界じゃ。あと1発撃たせてやれば、勝手に死ぬじゃろうて」
「だから何をッ‼︎」
「――ッカズナを連れて逃げろと言っておるのじゃ‼︎」
叫ぶカリストにラヴィナが目を剥き、口を閉ざす。
「あれをこの場で仕留めなければ、妾達は終わりじゃ。かと言ってモタモタしておれば、またあの冒険者が戻ってくる。あとは分かるじゃろう?」
「……貴女、魔力もう無いじゃない」
「たわけ、妾の身体は熱エネルギーの塊じゃ」
そう言ったカリストは自身の身体を2つに分け、1つを黒い大剣、1つを子供サイズの自分へと変えた。
その光景にドーラが息を呑む。
ラヴィナは苦虫を噛み潰した様な顔を浮かべ、カリストを睨み付ける。
「……ふざけるなっ。カズナとの約束は、どうするのよ」
カリストは悲しそうに笑う。
「貴様も分かっておるじゃろう。あれは綺麗事じゃ」
「……」
「カズナは妾を友と呼んだ。あ奴の我儘が通るなら、妾の我儘も通って然るべきじゃ」
カリストは大剣を振り上げ、
「ゆけ。……カズナを裏切るのは、妾1人でよい」
小さな身体で思いっきり地面に突き刺した。
ラヴィナは彼女に背を向け、悔しそうに声を絞り出す。
「……楽しかったわ」
「妾もじゃ」
彼女は追い立てられる様に、5階層へと飛翔する。
「私も舐められたものね」
ドーラは舌打ちし、再び迫る黒い世界の中、リョウを呼ぶ。
「さようなら、小さなお姫様。……『ガーディアン・グルーム』」
黄金の夜明けを目に、カリストは満足気に尻をつく。
これで死んでくれれば僥倖。死ななくても致命傷にはなるだろう。
少しでもカズナのためになれば、それでいい。
短い生だったが、カリストの心に蟠りは無かった。
むしろ楽し過ぎた。
変な主に、変な同僚、これからも彼らとバカ騒ぎしたいと思うが、叶わぬことを願っても意味がない。
……ただ、1つだけ心配なことがあるとすれば、
「……あ奴に嫌われるのは、ちと辛いのぉ」
「誰が嫌うか馬鹿野郎」
「え?――
燃え盛る暗闇の中、カリストに影が差した。
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