終章 ダンジョンマスター

第57話 受け継がれる憎悪




 ――大きな大きな樹に囲まれた、夕焼け灯る小さな丘。


 大地に降り立った澄んだ緑色の花弁が2枚、力強く脈動していた。








「……」



 気付いた時、私は何かに包まれていた。



 照り付ける夕日が私を包む物を通り抜け、視界を優しい緑が埋めている。



 出ようと腕を広げると、抵抗もなく破れ、吹き込む風が頬を撫でた。



 敷き詰められた綿と共に、外に出る。




 ……私は、蕾の中にいた。




 ――あの時リョウは、自らの種族権限と引き換えに種を蒔いていた。植物の特性を利用し、持てる力の全てを使って分体を作り出したのだ。


 しかしリョウは、そこに自身の記憶を移さなかった。


 代わりに、最愛の彼女の依代として分体を使ったのだ。





「……」



 私は思い出す。

 あの日彼に生み出されたことを。

 共に過ごした楽しかった時間を。

 2人で話した未来の設計図を。




 ……私達の大切な生活を奪った、2人の怨敵を。




 私の頬を、幾筋もの雫が流れ落ちる。



 止まることを知らないそれは、様々な感情と一緒に、もう戻ってこない彼との時間を流してゆく。



「――っりょうっ、さまぁッ」



 誰の目を気にすることも無く、私は泣き続けた。


 あまりにも短く、あまりにも濃かった彼の存在。


 配下と主人という関係に収まらず、私の心を支配した感情。


 失うには、大きすぎたパーツ。


「……お返しですか?リョウ様」


 泣き腫らした目を擦る。


 私は自分が死んでも、リョウ様に生きて欲しかった。逆になっている今を見て、皮肉めいた運命を感じると共に、リョウ様が私をそれほど想ってくれていたことに胸が熱くなる。




 ……私にはもう、何も残っていない。



 ……失うモノは、何もない。



 流れる涙をそのまま、一歩を踏み出すドーラの顔は、





 ……この世の憎悪を集約した鬼神の如く歪んでいた。





          §





「……少ない」


 探知魔法をフルに使い、大方町内を探索し終えたマミンは、現在扉の外、広い草原にて被災者を介抱していた。


 途中見つけた冒険者と、店主とその娘、屋台を引いて逃げ回っていた串焼きのオヤジ。

 全員合わせて、生存者は8名。たったの8名だ。あまりにもむごい。


 加えてダイアナに念話を送ろうとしても、何かに断絶され叶わない。冒険者達の話によると、教会の扉が別空間に繋がっているらしい。恐らくそのせいだろう。


 マミンは黒曜の門と半球を見上げ、顔を顰める。


(……この場所、想像以上にヤバい気がする)


 ティターニアの無事は疑っていない。ダイヤノーツは不死身で有名な化物だ。彼女は放っておくとしても、その別空間とやらにまだ救助者が残っているとも限らない。


「ふぅ、感謝する『little crown』。……どこへ?」


 回復魔法をかけて貰っていたバルトが、立ち上がるマミンを不思議に見る。


「密林、行ってみる」


「……貴女なら大丈夫だと思うが、気を付けろよ」


「り」


 眠たげな目で答えた彼女は、宙に浮き再び門の中へ入ろうとする。


 その時、


「――っ……」


「……どうした?」「マミンさん?」


 マミンの目が見開かれ、バッ、と後方に茂る森へと向けられる。


 森の中から徐々に近づいて来る、草を踏む足音。



 暗闇を纏って出てきたソレは、酷く美しい緑髪を靡かせていた。


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