第56話 妖精と魔物
地を焼き空気を焼く漆黒の騎士の威容に、ダイアナの全身に鳥肌が走る。
最早言葉など必要ない。
ただ、戦いたい!
「さあ、来いッ‼︎」
刹那、ダイアナが後方へ跳躍。
瞬き遅れて、彼女の眼前まで迫っていたカリストが、地面を撫でる様に右腕を振った。
腕の一振りで起こすは、大地の悲鳴。カリストの前方数10mの地面が抉れ、黒い溶岩となってダイアナに襲い掛かった。
津波の様にのたうつ溶岩を躱しきった彼女は、鎧に飛んだ飛沫を見つめる。黒い溶岩に触れたその場所だけ、なぜか砂の様にサラサラと崩れてしまっていた。
「(……腐食か?いや、違う)っ」
ダイアナは思考を中断しその場を跳躍。見えない力が彼女の立っていた場所を押し潰した。
「重力魔法か」
跳ね回るダイアナを追う様に、ラヴィナの魔法がプレス機の如く地面を陥没させる。同時に地面から次々と生えるバカデカい氷柱が、彼女を串刺しにせんと天を穿つ。
上下からの波状攻撃にダイアナが宙へ跳んだ、その時、
「っ⁉︎しま――」
彼女の横の空間が小さく歪む。方向を変えようとするも、空中で身動きが取れない。
(誘われた!)
そう理解した時にはもう遅い。転移させられた先は、踏み込み拳を振り被ったカリストの目の前。
ダイアナは体勢を崩しながらも、咄嗟に腕を十字に組む。
「フゥウッ‼︎」
「――ッグゥ⁉︎」
直後、彼女の身体を途轍もない衝撃が走った。
ぶっ飛び、地面をバウンドし、岩山を砕き、静観していた肉ゴーレムを爆散させた後、彼女は光剣を地面に突き刺し、何とか勢いを殺し静止する。
腕の鎧は今の一撃で砂と化した。触れるだけでこれとは、折角の特注品が台無しだ。
「――っ容赦ないなっ!」
ダイアナは間髪入れずに降ってきた踵落としを躱し、放射状に爆砕する大地から離脱する。
続く氷槍の連撃を叩き切り、接近するカリストの拳に光剣を合わせ弾き飛ばした。
立ち位置が振り出しに戻り、一瞬の膠着状態となる。
「ふぅ……、直撃でも切れんとは、相当な鎧だ。それに貴様、3属性の魔法を同時発動など、聞いた事もない。凄いな!」
「……有難う」
快活に笑うダイアナに、ラヴィナは無表情で返す。
「して黒き炎の戦士よ、貴様のスキル、見当がついたぞ!」
ダイアナがカリストを指差す。
「貴様のその黒炎、万物に『死』、或いは『崩壊』を齎す呪いの類いだな?」
「……ほぉ?」
ラヴィナの翻訳を聞いたカリストが、面白いと目を細める。
「私の防具も、その呪いには歯が立たん。……故に、少し本気を出す事にする」
ダイアナは光剣の切先を天に向け、胸の前に構える。そして祈る様に、目を瞑った。
途端彼女を取り巻く、美しい光の粒子。
淡い輝きの舞踏は、まるで妖精の燐光。
その中心で祝福を一身に受ける彼女こそ、まさに妖精の女王、ダイアナ・アン・ベルガモットである。
「『精霊武装・ティターニア』」
爆発的な光の乱舞が収束したその場所に、眩い輝きを放つ鎧を身に纏う彼女がいた。
「……さぁ、ここからが本番だ」
ダイアナは薄く笑い、掌を曲げ挑発する。
第2ラウンドのゴングが、拳の衝突と共に鳴り響いた。
――天雷が雨の如く降る第4階層。
高速で飛翔するダイアナは、黒い溶岩の大津波を剣の一振りで切り裂く。
遠方のラヴィナへと空を蹴り急接近、光剣を振り抜くも転移で躱され、同時に自身の周りに展開される空間の歪み。
直後そこから這い出て来た黒炎の大蛇を、剣の極光で吹き飛ばした。
休む間もない攻撃の嵐、肌を刺す相手の殺意、自分と渡り合うだけの力を持つ、好敵手。
ダイアナは久しく忘れていた感覚に、無邪気な子供の様に剣を振るう。
もっと、もっとッ、もっと!、もっと‼︎
「『ステラ・ルーメンッ!』」
天より放たれる星の光芒が、空間を焼きカリストへと降り注ぐ。
瞬間ラヴィナが転移、カリストの前に躍り出る。
「『リフレクト』」
凝固した空間の壁が、特大の極光を受け止める。しかし、
「チィッ」
あまりの威力に跳ね返せないと悟ったラヴィナは、目の1つを焼かれながらも壁を傾け全力で光の束を逸らす。
向きを変えた極光は遠方で火山に直撃、大穴を穿った。
「流石だぞ目玉ァ‼︎――ッ」
興奮に叫ぶダイアナの下から、漆黒の爆炎が噴火する。
ラヴィナのリフレクトと同時に地を駆けていたカリストが爆炎の中から飛び出し、
「――ッルァアッ‼︎」
「――ッグゥ⁉︎」
組んだ両拳を頭部目掛けて振り抜く。大爆発。ダイアナを地へと殴り落とした。
濛々と上がる噴煙を切り裂き、片腕の武装を粉砕されたダイアナが姿を表す。その武装も、彼女が魔力を込めれば元通りである。
着地したカリストは、その光景に悪態を吐く。
「……妾の呪いを食らって、あの程度か」
「ほんと、嫌になるわね」
回復魔法で目を治したラヴィナも、ダイヤノーツ級冒険者の恐ろしさを認める。
しかし、こんな所で負けるわけにはいかないのだ。我らが主が、今も自分達の帰りを待っているのだ。
「気張りなさい、カリスト」
「貴様もな、ラヴィナッ」
彼とした約束を胸に、2人は再び地を蹴った。
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