第54話 人間




 白い空間に用意された、1つの机と2対の椅子。


 カズナとダイアナが椅子に座り、ラヴィナとカリストは彼の後ろに立つ。


「して、話とは何だ?」


「まずは私の生い立ちと、存在理由を話します」


「ふむ」


「私達ダンジョンマスターは、神によって別の世界から召喚されました。この世界のモンスターが絶滅してしまったから、供給を頼む、と」


 一瞬ダイアナは驚くが、すぐに表情を戻し無言で続きを促す。


「今世界中で、モンスターの目撃情報が多発していると思います。それは単に、ダンジョンマスターが各地に送られたから起きている現象です」


「…………ふむ。随分と突拍子もない話だが、嘘は言っていないようだな」


 ダイアナの碧眼が薄く光り、カズナを射抜く。


「(しかし、まさか神が関与しているとは、これは私個人で決めていい事案ではないな)……して、ダンジョンマスターとは何だ?」


「今貴女がいる場所、通称ダンジョンを創り出し、モンスターを生み出す、1種族の王の総称ですね」


「……ふむ、その言い方だと、ダンジョンによって出てくるモンスターが違うのか。予想するに、貴殿は異形種の王だな?」


「仰る通りで」


 顎に手を当てるダイアナは、少し考え指を立てる。


「1つ質問いいか?」


「どうぞ」


「何故マルテロを滅ぼした?」


「(うわきたー)……ダンジョンを創るには、人間の生命力が必要になります。いずれは私達と冒険者の間で完結する問題だとしても、まずは創らなければ何も始まりません。

 、初期の生命力確保のため、やむを得ずです」


 ダイアナは腕を組み唸る。


「……なるほどな。人とモンスターの関係性としては、理に適っている。

 冒険者がモンスターを狩り、モンスターが冒険者を殺す。今までと何も変わらない循環の形だ。……今までとな」


 彼女はもう1度カズナを見つめ、嘆息する。

 この男が自分の目を欺ける程の隠蔽スキルを持っていないとすると、男はこれからの世界に必要不可欠な存在となる。自分の一存で抹殺するべきではない。


「……はぁ、よし分かった」


 立ち上がるダイアナに、ラヴィナとカリストが警戒を強める。


「落ち着け、貴様らの主には手を出さん。何より神の御好意、無下にすれば神罰が下るというもの。……要するに、貴殿は私に見逃してくれ、と言いたいのだろう?」


「(神の存在が認められている世界なのか)……まぁそんなとこですね。大局的に見て、私を殺しても何の得もない事を話したまでです」


「うむ。道理だ」


「……何を?」


 おもむろに剣を引き抜く彼女を、カズナが不思議に思う。


「……我々人類は未来のことも考えず、一方的にモンスターを虐殺してきた。今までと同じやり方では、また同じ過ちを繰り返すだけだ」


「下がりなさい、カズナ」


「故に、我々は変わるべきだ。互いに敵意を持つ者同士、共存など生ぬるい。もう2度とモンスターを滅ぼさぬよう、



 ……管理すべきだ」



 光を纏い始める長剣に、カリストがニヤリと唇を曲げ、ラヴィナの皮膚に青筋が浮かぶ。


 カズナは笑う。

 実に傲慢で、人間らしい考え方だ。守るために首輪をし、守るために檻に閉じ込める。

 自らの過失を棚に上げ、全てを掌の上で転がそうとする。しかしそれを管理と呼称する辺り、まだ地球の人類よりは救いがあるか。


「見逃してくれるのでは?」


「勿論、貴殿は世界の宝だ。傷1つつけぬさ。しかしなぁ、殺された民の思いもある」


「……ここで私達が殺し合うことに、なんの意味もありませんよ?」


「意味?意味ならあるさ。私は冒険者で、貴殿はモンスターだ」


 剣を見ていたダイアナの首が傾き、碧眼が2体を見据える。


 その口元は心底楽しそうに、心底嬉しそうに、三日月に歪んでいた。




「……何より私は、戦うのが好きなんだ」




(はいおわたー)


「――クハハッ!」「――ハハッ!」


 瞬間、カリストの姿が搔き消える。

 ダイアナに飛び蹴りを叩き込んだ彼女は、扉を吹き飛ばし第4階層へと消えて行った。



 カズナは背にもたれ、一言。


「……ヴィーネ、頼むぞ」


「ええ。すぐに戻るわ」


 微笑み扉を潜る彼女を、彼は静かに見送るのだった。


「……死ぬなよ」


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