第52話 首をもたげる狩人の本能




 ――高速バタ足で少し進めば、そこはもう水深100mは下らない海溝である。

 しかし不思議と光が届いており、何処までも見渡せる。


(……あれか)


 そして遠くに見つける、小さな海底神殿。三角形をした建物に、石造の扉が嵌っている。


 ダイアナは1度大きく息を吸い、一気にダイブした。


 グングンと進んで行く途中、遠くから加速して迫ってくる何かを感知する。


 身体を傾けたその瞬間、ズラリと並んだ牙が横を通り過ぎた。


(サメか?いやでも、目が3つあるし、ヒレなんて幾つあるんだ?)


 自身の周りを旋回するサメもどき。その数は10や20ではきかず、刻一刻と集まりその数を増やしてゆく。


(……これ以上は面倒になるな)


 そう判断したダイアナは、脚に力を込め、突進して来るサメ軍団に向かって水を


 そこから始まったのは、戦いとは名ばかりの虐殺である。


 水中でサメよりも速く飛び回る人間。


 彼女が剣を1振りすれば、1度に複数の血の花が咲く。

 切り裂き、切り裂き、殴り殺し、千切り飛ばす。


 1分もしない内に、青く美しかった海は死の色で染まった。


 血煙の中から飛び出す、1匹のサメ。


 とその背中に乗るダイアナ。


バババババっハハハハハっコボババビっジョグゼンダこのまま一直線だ‼︎」


 彼女はサメの背びれを握り締め、そのまま扉へと直進させる。

 逃すまいと後を追ってくる数100の魚群の、何と盛大な事か。


 ダイアナの足となったサメ1号は、同族に追われ涙目になりながら、扉に体当たりするのだった。


「ぷはっ」


 第4階層に辿り着いた彼女は、サメから飛び降り辺りを見回す。



 そこは例えるなら、地獄であった。


 万物を燃やす、灼熱の大地であった。


 息を吸えば肺が焼け、頬から垂れる海水が地面に落ちて蒸発する。


 照り差す陽光は火山灰に遮られ濁り、黒い大地の至る所に赫赫とした溶岩がのたうっていた。



 扉を潜った勢いそのままスライドして行ったサメが、ゴツゴツとした巨大な手に掴まれる。


 第4階層の住人、全長7mは下らない黒い岩の巨人が、掴んだサメを丸齧りした。


「ゴーレムか?」


 いやしかし、目の前の岩巨人はサメを貪り食っている。肉食性のゴーレムなど聞いたこともない。


 暫く手を出さずに眺めていると、血の匂いに釣られた岩巨人が、周りの溶岩の中からゾロゾロと這い出てきた。


「……次の扉は、あの火山か」


 遠くに聳える小さな活火山。

 碧く光る瞳が次の目的地を指し示した、その時、


「っ何⁉︎」


 ダイアナの視線が逸れた一瞬で跳躍したゴーレムが、両手の握り拳に全体重を乗せて振り下ろした。


 爆音を上げ、彼女の立っていた場所に小さなクレーターが出来る。


「俊敏すぎやしないか⁉︎」


 ステップで躱した彼女は、全身岩で出来ているとは思えないその動きに驚愕する。

 と同時に後ろから唸りを上げて迫る拳をくるりと潜り、躱しざまに叩き切った。


「ヴォオオオ」

「は?血?」


 彼女は腕から血を噴き出すゴーレムを見て、またもや驚愕。


 横の大ぶりを屈んで躱し、胴体を真っ二つ。

 回し蹴りを軽く跳んでやり過ごし、後ろ回し蹴りでゴーレムの胸に風穴を開けた。


 血飛沫を浴びながら、彼女は嬉しそうに叫ぶ。


「まさか貴様ら、異形種か⁉︎」


 異形種は、自分が生まれる何世紀も前に絶滅したと文献で読んだ。


 数は少なく生態も不明に近かったが、龍種に匹敵する個体がゴロゴロいたと聞く。


 マルテロで戦った犬も、森で戦ったドライアドも、サメも、このゴーレムも、長年冒険者をやって来て見たことの無いものばかり。

 彼女の中の期待が確信に変わる。


 戦いたいと願うも、叶えられることのなかった夢。


 その夢が今、眼前に命の花を咲かせているのだ。



「ハハハっ、ハハハハハハハハッ!」



 完全にキマったダイアナは、大地を砕き疾走、光剣を振り回し、目に入るゴーレムを悉く切り刻んでゆく。


「どうした!強いのだろう貴様らは⁉︎」


 彼女はバックステップでゴーレムと距離を取り、光剣を逆手に持ち切先を地面に向けた。


「『ルーメン』」


 瞬間、天より降り注ぐ極光の柱。

 攻撃範囲内にいたゴーレム達は、途轍もない熱量に押し潰され跡形も無く消し飛んだ。


 溶岩の隣に赤い川が流れ、蒸発し辺りに鉄の臭いが充満する。



『Titania』ダイアナ・アン・ベルガモットは、久方ぶりの感覚、久方ぶりの匂いを大きく吸い込み、



 恋する乙女の様に頬を紅潮させた。


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