第51話 密林と潮風




 ――「クソッ、なんだコイツら⁉︎」


「知るか‼︎」


 現在冒険者達は、カサカサと木を飛び回り、立体的な動きをする大量の『足蜘蛛』から逃げていた。

 1匹1匹は大して強くないが、量が洒落にならない。


「がっ、うぁあやめろ!来るなぁ⁉︎」


 1度足を止めてしまえば、この様に一瞬で群がられ血を吸われてしまう。

 剣で捌くのにも限度がある。魔法が弱点の様だが、今この場に魔力が枯渇していない人間なんていない。


 絶体絶命、彼等の脳裏にその4文字が横切る。


「――っ1度町に戻るぞ!」


「っだけどあそこにはっ」


「ここで死にたいのかっ⁉︎」


 シーラに怒鳴るバルトが、バスターソードで足蜘蛛を斬り飛ばす。瞬間、


「――っ」「きゃっ⁉︎」


 前方の木が勢い良く腰を曲げ、頭部を地面に叩きつけた。

 レノンのおかげで間一髪躱せたシーラだったが、後ろにいた冒険者は片足をやられ、瞬く間に足蜘蛛の餌となる。


「トレントかよッ」


 この切羽詰まった状況で、密林に擬態したトレントを見分けるのは困難。


 加えて後ろからだけではなく、四方からカサカサという死の足音が鳴り響いて来る。囲まれた。


 最早ここまでか。

 今日何度目かの覚悟に顔を歪ませた、


 ――その時、


「む、冒険者か!」


「「「「「――ッ⁉︎」」」」」


「町に戻れ助けが来るうぅぅ――」


 彼らの目に残る、一筋の光の軌跡。


 直後、周りの景色が根刮ぎ削れ吹き飛んだ。


 ビチャビチャと降る泥飛沫の中、一瞬で通り過ぎて行った何かに冒険者達は目を点にする。


「……何だ、今の」


「助けが来るとか言ってなかったか?」


「ああっ、分からねぇけど、きっと援軍だ!助かったんだ!」


「よし、すぐに戻るぞっ」


 生き残った冒険者達は、ダイアナが通ってきた破壊の道を頼りに、第1階層への扉へと先を急ぐのだった。




 大樹を目前にしたダイアナは、扉を守るように立つモンスターを見て足を止める。


 両手が刃と化した、紫のベールを靡かせる女。


「ドライアドか?いや、何だ貴様は?禍々しいな!」


「――ッ」


 泥を弾けさせ、一瞬で彼女に接近した魔改造ドライアド。


「ハハッ」


 ダイアナは右足を半歩後ろにずらし、振り下ろされる刃を最小限の動きで躱す。


 続く2撃、3撃を踊るように躱し、長剣をくるりと回し逆手で持ち、


「いい動きだ」


 1歩踏み込み振り抜いた。


 光の斬撃がドライアドの身体を真っ二つに切り裂き、そのまま大樹に減り込み縫い付ける。


「ガッ、ァ」


「今は時間が無くてな、また戦ろう」


 瞬きでついた決着とは言え、久方ぶりに受けた達人級の連撃。

 ダイアナは満足そうに、大樹に嵌った扉を押し開けた。



 途端吹き抜ける、潮の香りを纏った通り風。


 彼女の美しいブロンドヘアが、暖かな陽射しの下大きく揺れた。


「……」


 1歩足を踏み入れれば、シャカ、と足裏が小さく沈む。


 規則的に耳を打つさざ波の音色。


 1直線に続く白砂の海辺。


 左には背の高いヤシの木が並び、右にはエメラルドの海が波打っている。


 ビーチの上にポツン、と佇む扉を潜り、ダイアナは大きく深呼吸した。


「……まさかこんな景色を、この国で見られるとはな」


 嘗て行った南の連邦諸国にも劣らない、美しい海と砂浜。


 彼女は削がれそうになる戦意を呼び戻し、碧く光る瞳で海を見た。


「次の入口は、海中か?……割るか」


 長剣が光を纏い始めるも、ダイアナは(いやダメだ)とそれを解く。


「(徐々にこの場所の仕組みが分かってきた。ここの主は、正式なルートで扉に到達する事を望んでいる筈だ)……美しい景色を見せてくれたお礼だ。海を割るのはやめてやろうッ!」


 渚へ向かってダッシュした彼女は、嬉々として海原へとその身を投げるのだった。


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