第50話 冒険




 ――「……お父さん、あれ」


「危ないから下がってなさい……ん?」


 レストランの窓からこっそりと外の様子を眺めていた娘は、空にはためく小さなローブを見つけ、指差す。


 よく見ると、それは人の形をしているではないか。


「冒険者か?っ」「――っ」


 そこに小さな鳥が群がるも、一瞬にして爆散。血の雨がレストランの窓を叩いた。


 そして次の瞬間、


「無事?」


「ひゃっ⁉︎」「ぬぉあ⁉︎」


 2人は突如背後から話しかけられ、心臓と一緒に飛び跳ねる。急いで振り返るも、そこにいたのは、さっきまで空の上にいたローブの人であった。


 2人は胸を撫で下ろすと同時に、目の前に立つ少女をよく見て驚愕する。


「ま、え、『little crown』⁉︎」


「嘘っ、マミンちゃんだ!ファンです握手して下さい!」


「……」


 娘に手を握られブンブンと振り回されるマミンは、されるがままでダイアナへと念話を繋ぐ。


「肝の据わった娘と店主を保護」


『了解した。外に連れ出してあげてくれ』


「り」



 レストランから少し離れた建物の屋根の上、ダイアナは触手犬3匹を片手で捌きながら、マミンからの念話に応答する。


「……正直な所、生存者は見込めない。この町の人命救助、全て任せてもいいか?」


『何かあった?』


「ああ、私の目が怪しい場所を発見した。少し進んでみる」


 碧く光る彼女の瞳が写す先には、街灯に照らされた古びた教会が建っている。


『分かった。気をつけて』


「……ふふっ、そんな言葉を掛けられたのは、何年ぶりだろうな」


 ダイアナは軽く笑い、長剣の一閃で3匹を同時に屠る。


「そちらも充分気をつけるのだぞ」


『り』


 教会まで跳躍したダイアナは、躊躇なく木製の扉を押し開けるのだった。





 鼻腔を抜ける湿った空気。


 鎧を打つ雨音。


 足跡を残す泥濘んだ地面。



「……は?」



 ダイアナは目の前に広がる密林に目を見張った。


 今までの人生、都市1つ火の海に変える龍や、山の様なゴーレムや、空を覆う怪鳥にも会った事がある。


 強大なモンスターとは、得てして周りの生態系に甚大な被害を与える。


 しかしこれは、


「そういった次元の話ではないだろう……」


 これは最早、もう1つの世界だ。

 小さな空間の中に出来た、世界その物だ。


「……ハハっ、ハハハハハハッ!」


 ダイアナの瞳孔が開き、歓喜に呼応し大気が震える。


 これ程の御業を成し得るモンスターとは、一体どれ程の戦闘力を持っているのだろう。


 一体どれ程、私を楽しませてくれるのだろう!


「ああこれだっ、この感覚だ!これこそが、冒険だッ‼︎」


 地面を蹴り抜き辺りの植物を吹き飛ばした彼女は、碧い眼光で大樹を見据えた。

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