第5章 天敵

第46話 思い出せ、モンスターを絶滅せしめた元凶を。




 色とりどりのレンガで造られた家屋が、横に広がることを諦め、歪な形で縦に積み重なっている。


 炊事と鍛造の煙が空で入り交じり、人々が石畳を蹴る音と、槌が鉄を打つ音で街が埋め尽くされる。


 静寂を知らぬ街、リギラ。


 モンスターがいなくなった今でも、工業都市として栄えている街の1つだ。


 しかしそんな街の冒険者ギルドでは今、マルテロより入った救難要請によって、開業始まって以来の静寂が訪れていた。


 シーラがギルドを出る前、目視で確認出来た情報。


 モンスターの大群の襲撃。


 初めは笑う者もいたが、世界各国で同じことが起きている状況に、リギラ支部は只事ではないと判断。


 ドワーフのギルド長、ドボルは、ギルド職員、大きな三角帽を被った少女、騎士団長、同伴の騎士を交え、ギルド内の客間で緊急の会議を開いた。 


「数時間前、アデルの大森林で災害が発生したとの連絡があった」


「その時に偵察隊を送るだけでなく、冒険者総出で向かうべきだったのでは?」


「うちに救難要請出してんのは、マルテロだけじゃねぇんだ。街ん中だけ守ってればいいテメェらには、分からねぇだろうがな」


 ドボルと騎士団長が睨み合う。

 険悪な空気に職員と騎士が、ごくり、と唾を飲む中、ソファーに座る少女は、気にした様子もなくこくりこくりと船を漕いでいる。


「……今すぐ全隊に都市の防衛を固めるよう伝えろ」


「ハッ」


 騎士団長は傍に控えていた騎士に命令し、再びドボルを見る。


「現状この街にいる冒険者は少ない。どうする、部隊を貸そうか?」


 嘗ては武器防具の手入れや受注、生産のため、ひっきりなしにこの街を訪れていた冒険者達も、今となってはまばらである。


 生活必需品や工業製品で利益を上げてはいるものの、冒険者の来訪者数は激減しているのが現状なのだ。故に、冒険者のみで大規模な討伐隊を組むのは不可能。


 嫌味ったらしい騎士団長をぶん殴ってやりたくなるがしかし、ドボルはその提案を鼻で笑う。


「テメェんとこの腰抜けじゃ足手纏いだ。対モンスターはウチらの仕事。手は借りねぇ」


「フンっ……彼女か」


 騎士団長がソファーに座る少女を見やる。


 身体に不釣り合いな程大きい三角帽子を被り、星瞬く夜空の様なローブに身を包んで、眠りこける少女。


 しかし見た目幼い彼女が首から下げるプレートの色は、眩い赤。

 対モンスター決戦兵器と言っても過言ではない、ルベリウス級冒険者である証だ。


 ルベリウスともなると、大陸中にその名が広まる。一介の騎士とて、彼女の名前は顔を見た瞬間に分かった。


 大事な話の途中で居眠りをする少女の名は、マミン。二つ名は『little crown小さな王冠』。


 史上最年少でルベリウスとなった、あらゆる魔法を使いこなす天才だと聞く。


「マミンは丁度この街にいてな、グダってたとこを引きずって来た。コイツには町民の救助と、侵入したモンスターの殲滅を依頼した。な?」


「……ハっ、朝?」


「夜だ。これからクエストだぞ、シャキっとしろ」


「だいじょぶ、寝てない」


 ドボルに帽子を潰される彼女を見ながら、騎士団長は難しい顔をする。

 確かにルベリウス級冒険者がいれば、その程度雑作もないのかも知れない。

 しかし巣がリギアに害を及ぼす可能性がある以上、この都市を守る者として早期駆除は必須なのだ。


 眉間に皺を寄せる騎士団長をしかし、ドボルは小さく笑う。


「……心配すんな。テメェの言いたい事は分かる。さっきあの女から、すぐに向かうと連絡があった。そろそろ来る頃だと思うぞ」


「あの女?」


 騎士団長が疑問を浮かべると同時に、客間のドアが勢いよく開かれる。


「ドボル殿、只今到着した」


 緩く巻かれたブロンドの長髪。

 空を写した様な碧眼。

 2mを超える巨躯。

 そして全身を包む、何かの鱗がふんだんに使われた青銀のフルプレートメイル。


 彼女は腰に差された長剣を鞘ごと抜き、床に突き立てた。


 彼女が登場した瞬間、マミンを含め、ドボル以外の全員が目を見開く。


 職員の中には、腰を抜かしてへたり込んでしまう者までいた。だが、その反応も当然と言えば当然かも知れない。


 何故なら彼女は……



「ダ、ダイアナ・アン・ベルガモット⁉︎」



 驚愕に立ち上がる騎士団長が、誰もが知っているその名前を叫ぶ。


 彼女の首から下がるプレートの色は、この世の頂点たる輝きを放つ、白銀色。


 そう。彼女はダイヤノーツ級冒険者。



 世界最強に名を連ねる一人である。

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