第45話 王とは、臣下とは、……仲間とは、
――場所は制作途中の第3階層。
カズナは複数のスクリーンを見ながら、頭を抱えていた。
「建物壊すなっつったのに、アイツ破壊に快感覚えてるだろ」
スクリーンの1つに映るのは、るんるん気分で民家を蹴散らしながら門へ帰るザラザラだ。
「クハハハハっ、なかなか見所のある奴よ」
「はぁ、お前のためにデカいの創ってやったんだからな。責任持って調教しろよ」
「あい分かった。任せろ」
カズナは楽しそうなカリストに苦笑し、胡座をかく。
冒険者達を第2階層に集めるよう命令したのは、勿論自分である。
ダンジョン内に限って、王は配下に命令を飛ばす事が出来るのだ。
全ては密林の試験運用をするため。
冒険者達には少し休んでもらった後、強制的に2階層内を逃げ回ってもらう。欲を言えば、彼らにはこれから創る予定の階層も試して貰いたいのだが。
カズナは寝っ転がり、白い天井を眺める。
「……何分かかると思う?」
「馬なら速くて半日、車の様な物があるなら数時間、私と同等の空間魔法を使える者がいるなら、3秒」
「……3秒はやめてほしいな」
軽く笑うカズナに、カリストが口をへの字に曲げる。
「貴様らっ、また妾の分からない話をしておるな!説明しろ!燃やすぞ!」
地団駄を踏むカリストを、ラヴィナが嘲笑う。
「彼はマルテロからリギアに連絡が行っているとして、敵がこの場所に攻め込んでくるであろう、予測時間を聞いているのよ」
「ならそう言わんか!」
「グハっ⁉︎」
ジャンピング肘打ちを食らったカズナが、頬を膨らますカリストにすまんすまんと謝る。
「ゲホゲホっ、ふぅ、……問題は、これから来るだろう討伐部隊だ。
そろそろ世界中で、モンスター復活が騒がれていてもおかしくない。そうなると、冒険者の拠点であったマルテロが危機に瀕している今、リギアが動かない筈がないんだ。
リギアは地図で見た限り、この町の数10倍のデカさがあった。良くて半日後には、その規模の冒険者か、騎士か、もしくはその両方がここに攻めて来る」
カズナの説明にカリストがふむふむ、と笑う。
「要するに、妾が皆殺しにすればよいのだろう?」
「貴女は黙っていなさい」
胸を張る彼女に、ラヴィナが冷たく言い放つ。
「ダンジョンマスターを殺した時とは、訳が違うの。今度は私達が防衛する側なのよ?
私達が相手にしているのは、小さなダンジョンの主じゃない。常識も予想も通用しない、この世界その物なの。あらゆる状況を考慮すべきなのよ。
貴女は黙っていなさい」
「……2度も言わんでも」
悲しそうにこちらを見るカリストに、カズナは苦笑する。
「まぁ、お前達の力を借りずに乗り越えられるのが、理想なんだけどね」
彼女達が出るという事はつまり、全階層を踏破する程の脅威の出現に他ならない。そんな事起きないに越した事ないのだ。
……そこで、ふ、とカズナは思う。
これから始まるのは、今までの様なお遊びじゃない。紛れもない戦争である。
誰かの大切な者を奪う代わりに、自分の大切な者が奪われるかも知れない血濡れた世界である。
「……」
彼は目の前で微笑ましい言い合いを繰り広げる、2体のモンスターを見る。
自分が創り出した、命を預けるに足る配下達。この1日を通して、自分はこの2体が大好きになった。
配下として、仲間として、友として、自分は彼女達に消えて欲しくない。
……もし、ラヴィナとカリストを失うような事があれば、俺は折角の新しい人生を、心から楽しめる気がしない。
「……2人とも」
「?」「何じゃ」
カズナは胡座に肘を立て、この世界で唯一、何者にも変え難い『仲間』を優しく睥睨する。
「「――っ」」
彼の変化を感じ取ったカリストとラヴィナは、すぐさま
そして2人は同時に理解する。
今目の前に立っているのは、呑気でアホなカズナではない。歴とした化物の王だ。
カズナは人の色が無くなった瞳で、慈しむ様に2体を見つめる。
「お前達はこれから、俺と共に種族を牽引する特別な2体だ。
お前達は、再び創り出す事も、甦らす事も出来ない。自らの命の重さを理解しろ」
「「ハッ」」
「……それを踏まえて、今からお前達に、今後一切違うことを許さない、永続の命令を下す。魂に刻み込め」
「「……」」
ラヴィナですら初めて見る王の気迫に、2体の鼓動が高鳴る。
「例え如何なる相手、如何なる戦況だとて、何としても生き残り俺の元に帰ってこい。
俺のために死を選ぶことは、断じて許さない。俺とお前達の命は、等価値だと心得ろ」
2体の心に真っ先に浮かんだのは、感動。ではなく、純粋な疑問であった。
配下が主のために命を擲つのは、至極当然のこと。ましてや命が等価などと、口にしていいことではない。
カリストとラヴィナはこの命令を『必ず勝利を俺に届けろ』と解釈したが、最後の一言だけが、どうしても理解できなかった。
「……パッとしない顔だな。もっと簡単に言ってやろうか?」
カズナが意地悪な笑みを浮かべる。
「俺はお前達のためなら、喜んで命を懸ける。
と言っているんだ」
「……」「……何?」
2体の視線がカズナに刺さる。
カリストが口調に微かな怒気を孕ませ、面を上げた。
「……貴様はアホだが、馬鹿ではない。配下と王の命、どちらが重いかなど、分からない貴様ではなかろう」
「今回ばかりはカリストに同意ね。私達がそれを受け入れる筈がないでしょう」
「知ったことか」
「「っ……」」
逆らう2体の反論を、しかしカズナは一刀で切り伏せる。
「お前達は配下である以前に、俺の友だ。……お前達は、俺が死んだら悲しいだろ?」
「……形容出来ないわね」
「俺だって同じだ。お前らの矜持なんて知ったこっちゃねぇ。俺が悲しいから、ただそれだけさ。
俺はお前らのために死ぬなと言ってるんじゃねぇ。俺自身のために、死ぬなと言っている」
「……」「……何て」
「幼稚かって?結構。俺はお前達が思ってるような王じゃねぇんだよ。勝利のために大切なもんを犠牲にするなんて、まっぴら御免だ。
お前らが諦めたなら、俺が敵陣の真ん中に突っ込んで死ねなくしてやる。
お前らが死を覚悟したなら、盾になって代わりに死んでやる。
はなからお前らに、死ぬ選択肢はないんだよ。そんなことしたら、もれなく俺の命もついてくるからな!」
ニヤリと笑うカズナの常軌を逸した命令に、ラヴィナとカリストは目を見開く。
「お前達は、こんな俺の望みを具現化した存在だ。俺の全てを使って、俺の望んだ未来を必ず掴むだけの力を与えた。
己を信じ、俺を信じろ。お前達には、不可能を可能にするだけの実力がある。
その力を使って、これからも俺を助けてくれよ。
……そうだな、難しいことは言わねぇ。
2体はカズナの命令の意図を、根本から間違っていたのだ。
カリストとラヴィナはいくら仲間と言えども、カズナを自分達の絶対的上位者として最優先に考えていた。
本来の配下と君主とはそうあるべきで、2体を否定することはできない。
しかしカズナはそもそも、上下関係はあれど、2体が自分と同列であることを前提とした上で発言していた。理解に齟齬が生じるのは当然であり、必然だった。
ラヴィナは改めて思う。カリストは改めて思う。
((この方は王に向いていない))
と。
しかしなぜだろう、己の中にある忠誠という名の焔が、止めどなく溢れ、ニヤける口元を抑えることが出来ない。
2体は叫びたくなる程の衝動を抑え、改めてカズナの顔を見る。
目の前に座る男は、最も自分勝手で、最も王らしくない、
私の
――――王だ――――。
妾の
「クハハハハハハハハッ!よいっ、よいぞ‼︎」
「な、なんだよ」
箍が外れた様に笑いだすカリストの横で、ラヴィナは瞳を潤ませカズナを見つめる。
その頬は仄かに赤みを帯び、彼女らしくない初心さが漏れ出てしまっていた。
配下にとって、主に賜る恩寵は至高に値する。それを主自身の口から宣言されたともなれば、配下の感情が天元突破してしまうのも無理はないというものだ。
いつもの雰囲気に戻ったカズナは、笑い続けるカリストに若干引く。
「あいつどうしたんだ?」
「あなたの自分勝手さに、抱腹絶倒してるのよ。カズナ」
「顔赤いぜ?」
「気のせいよ」
「そうか。……ぷふっ」
「……クスっ」
「クハハハハハハッ‼︎」
微笑むラヴィナは1歩足を引き、膝を折り地面に拳を突き立てた。
同時に、カリストも同じ姿勢を作る。
「……我ら始まりの2体、あなたの配下として、……友として、その約束承りました」
「おう、よろしくな」
仰々しい約束の締結に、カズナは笑って応えるのだった。
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