第40話 何だ……あれは……




 ――20分程前。


 シーラ、バルト、レノンの三人は、ギルド本部から通達された緊急の情報に歓喜していた。



「モンスターが、復活した」



 今世界中で、モンスターの目撃、被害情報が飛び交っていたのだ。


 口角を釣り上げるバルトとシーラを、しかしレノンは冷静に止める。


「確かにパーティでもしたい気分だが、手放しで喜んでもいらんねぇぞ」


 彼は脱力し、椅子の背に凭れる。


「エルフの集落が壊滅したんだ。あそこにはジアメスト級の実力者が数人いた。それなのに、生存者はゼロだ。ゼロだぞ」


 直にあの光景を見た、彼だから分かる。あれをやったモンスターがもしマルテロに攻めて来れば、自分達では対処出来ない。


「……リギラに討伐隊を要請しよう。モンスターが復活したとなれば、この町はまた、冒険者にとって必要な拠点になる。無下には出来ない筈だ」


「分かりました」


 シーラが通信機に触れようとした、


 その時、


「……何だ?」


 バルトとレノンの耳が、微かな、されど加速度的に大きくなる悲鳴を拾った。

 3人は急いでギルドから出る。


 既に外では人々が逃げ惑い、阿鼻叫喚の惨劇が広まりつつあった。


「嘘だろ」


 レノンは舌打ちし、空を見上げ、町を覆う薄黒い闇を観察する。


「……神樹を凍らせた奴の仕業か?」


「もしくは火柱を起こした奴か、どちらにせよ俺らが勝てるような相手じゃない。一旦リギラに避難するぞ」


「でも、」


 言い淀むレノンを、バルトが睨みつける。


「俺らは冒険者だ。1番大事なのはテメェの命だろ。……無理に救おうとすれば、大事なもんまで取り零すぞ」


 今まで何度も言われてきた当然の忠告に、レノンは口を引き結ぶ。

 他者を助けようとする彼の優しさは、誰もが認める美徳でありながらも、冒険者としては欠点でもあるのだ。


「……ああっ、すまない。行こうっ」


「ああ」


 3人が走り出そうした、直後バルトとレノンが同時に剣を引き抜き、振り抜いた。


 瞬間、金属音。二匹の何かが地面に叩き落とされる。


「……鳥?」


「こんなモンスター、見たことない……」


 全身を強打し絶命した弾丸鳥を手に、シーラが驚く。


 周りでは市民や冒険者が、次々と串刺しにされてゆく。


 レノンは死体を鞄にしまう彼女の手を取り、東門へと走り出す。


 ……しかし、数歩もしない内にその足を止めた。


 レノンとバルトは同じ方向を睨み、それぞれバスターソードと片手剣を再度握りしめる。


「レノンさん?バルトさんも、何を……」


 そう言って彼女は気付く。

 2人の視線の先、屋根の上に光る3つの赤い不気味な点と、低い唸り声に。


「……何、あれ」


「……異形種か?」


「だろうな」


 屋根から飛び降りた触手犬は、背中の触手をゆっくり動かし間合いを測る。


 レノンはちらりと横を見て、シーラを後ろに押しやった。


「……バルト、シーラさんをあの家屋に」


「分かった」

「へ?」


 瞬間、触手犬が疾駆し、レノンが地面を蹴り抜いた。同時に、バルトがシーラを引っ掴みぶん投げる。


「――ッキャ⁉︎」


 彼女が窓ガラスを割る音と、触手と片手剣がぶつかる金属音が重なった。


「ッおっも⁉︎」

「ゴルルッ」


 片手剣が軽々と弾かれ、レノンは続く2撃、3撃をバク転、バク宙で躱す。

 タイルを豆腐の如く切り裂くその切れ味に、冷や汗が垂れる。バルトが突っこむのを横目に、加速し回り込むように地を駆けた。


 同時に触手が4本、バルトへ向かって振り抜かれる。しかし、


「――フゥッ」

「――ッ⁉︎」


 バルトは直撃までのコンマ数秒を見切り、血でギラつく触手を全て弾いた。


 素人では、4本を同時に弾いた様にしか見えない程の早技である。

 すぐさま連撃が繰り出されるが、バルトは特大のバスターソードを小枝でも振っているかの如く振り回し、悉くに即応する。


 レノンはそれを見ながら、もう2本の刃を弾くのではなく、いなし、躱し、立ち回る。


 そして数手打ち合い、2人は確信した。


((速いが、見切れる!))


「刃が通らんっ!お前が仕留めろ!引き付けるッ」


 言うが早いか、バルトの筋肉がはち切れんばかりに膨張。剣を振る速度が倍加し、触れた傍から触手を弾き飛ばし始めた。


「ウォォォォオオオッッ‼︎」

「ゴルルルルッ⁉︎」


 触手犬は堪らず6本全てを守備に回すが、それでも抑えられない。


 戦況が傾いた、一瞬。仲間が作った隙を、レノンは見逃さない。

 予め練った魔法を、触手犬の真上に飛ばした。


 触手犬も気付くが、もう遅い。


「『イシュケ・エスパーダ‼︎』」


 超高圧縮された水のレーザーが、地面ごと削りながら、触手犬の身体を横断する。


 触手犬はビクり、と痙攣した後、ズルズルと真っ二つに崩れ落ちた。


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